◆ 第4話 ◆ 宴会部長のお仕事
株式会社LSBには、謎の部署がある。
その名も、宴会部。
あり得ない部署である。ちなみに配属されているのは部長一人。まぁそういう部署はこの会社にはもう一つあるので、その点は誰も気にしてなどいないのだが。
問題はむしろ、この宴会部の職務である。
今年最強と言われた台風がすっかり過ぎ去った後の、気持ち悪いほどよく晴れた日。
の、午後。
「おーい、SUGIZO〜。これの処理、よろしくー」
ふらりふらりと経理部にジャージ姿の男が姿を見せた。
ちなみにジャージは蛍光色である。辛うじて、曲がりなりにもスーツ姿の社員が多い社内にあって、これはあまりにも異様な服装だった。
しかし。
「hideさん……どんだけ持ってきてんですかーっ!」
自分のデスクをマニアックなことこの上ないフィギュアでいっぱいにした経理係長の杉原が、唐突に大声を上げた。
まぁ、無理もない状況ではあるのだが。
なにしろ、ジャージ男こと宴会部長のhideが杉原のデスクに投げてよこしたものが凄かったのだ。
その正体は、軽く50枚ほどはあろうかという、領収書の束である。
しかも、但書はすべて「飲食代」。それも、すべて会社近くに数軒ある居酒屋などのものである。
要は、社員の誰かとhideが呑んだ時のお代を、経費で落とそうという魂胆なのだ。
しかし、恐ろしいことにこの会社、これが公然と認められている。接待でも何でもなくても、認められるのだ。
従って、専ら宴会を取り仕切るのが仕事である宴会部長は、時折こうして領収書の束を持ってくる。
杉原はこの会社に入社して既に10年近く経つが、その間にずいぶんこの領収書の枚数も減ったのだ。杉原の入社当初ならば、この枚数になるのに1ヶ月かかったかどうか、という凄まじさだったのだから。
とは言え、やはりこれだけまとめて持って来られては大変である。杉原はhideを睨みつつも手早くその束を解いた。日付順になっていることをざっと確認すると、一番下、最も古い日付であろうものを引っ張りだす。hideは適当なように見えてけっこう几帳面だったりもするから、日付順になっているのはありがたかったのだが。
「……ひ〜で〜さ〜〜〜〜〜ん……?」
杉原の声が1オクターブ半低くなった。hideは早くも逃走体勢を整えつつある。そのhideのジャージのそでをしっかとつかみ、杉原は大きく息を吸い込んだ。
そして。
「なんで日付が5ヶ月も前のが今頃来るんですかーっ!!!!!」
hideが几帳面だ、などと一瞬でも考えた自分を、杉原が目一杯毒づいたことは言うまでもない。
しかも。
「しかも、なんで最近のもたくさんあるんですか!」
元気に青筋立てて叫びつつ杉原がhideの眼前に突きつけた数枚の領収書は、日付が先週と今週のものだった。
「や、それはあって当たり前だよ」
二人の横合いから穏やかな声がふわりと漂ってきた。経理部長の星野である。
なんで! と顔に書いてきっと睨みつける杉原と、天の助けとばかり顔を輝かせるhideを交互に眺めて、星野は笑った。
「だってあっちゃんと今井君と一緒に、けっこう呑みに行ってるから」
余談だが、星野は庶務課係長の櫻井と製作部長の今井とは高校の同級生だった。その頃の付き合いが今日まで継続されているのだ。必然的に、星野自身が呑みに行っていなくとも、櫻井や今井がhideと何回呑みに行ったか、などという事情はけっこう知っていたりする。
星野の言葉に、hideがうんうんと幾度もうなずくのとは対照的に、杉原はこめかみの青筋を更に数本増やして、hideのジャージの袖を握り締めている手をぷるぷると震わせた。
「問題はそこじゃないんですよ、そんなのいつものことだからいいんです。俺が言いたいのは……」
杉原は言葉を切るとたっぷりと息を溜めた。
そして。
「最近の呑み会に、俺が一回も行ってないってことの方ですよ!!!」
その後。
頭に血を昇らせた杉原のご機嫌取りに、hideが経費で落とさず自腹で杉原に奢る約束をしてみたり、デスクが近い庶務課の井上がいつの間にか、杉原の好きな銘柄のお茶を買ってきて差し入れてみたりした。
が、それでも杉原の臍は曲がりっ放しで、仕方なく最終兵器・社長秘書の真矢が借り出されるまでに至った。
その間に、hideの持ってきた領収書の束は、星野が黙々と片付けてしまっていた。
そしてこれは、経理部のいつもの光景だったりするのだ。
宴会部長は専ら宴会の幹事がお仕事です。
それにかこつけて呑み倒すのが本当のお仕事です。
見事に給料泥棒ですが、宴会がどんなに大掛かりでも
酒も食べ物も足りないとか余り過ぎとかって事態になりません。
だから良いのです。(←えええええ)