夏の色






 夏。
「……あちぃ……」
「……言うなっつーの……ただでさえ暑いんだから……」
「……おーい、INORAーN……起きてるー? 生きてるー?」
「……ん〜……どおにかねぇ……」
「ねぇ、なんでみんなそんなに元気ないの?」
「……お前が元気過ぎんだよ、RYU……」
 海の男を除く四人全員がバテるのも当然。
 よりによって外気温40度弱という超真夏日に、LUNA SEAご一行は五人揃ってロケなのである。
 しかも、ロケバスのエアコンが半壊。
 外の方がまだ風があるというので、ビーチパラソルを広げたその下で、スタッフもメンバーもどうにか日光を避けている。
 だが頼りの風も、昼過ぎのこの時刻、無情にも止まってしまっていた。
 脱水症状だけは避けなければ、とミネラルウォーターは大量に用意されている。
 もっとも、当初用意された量ではとても足りず、スタッフがコンビニへ走った回数は朝からカウントして4回目。
 水分を摂ると汗をかく。汗をかくということはメイクが流れるということで。
 けれど、流れたメイクを直す傍からまた汗をかくので、どうしてみようもない。
 ちょうど世間一般でも昼飯時のただいま現在、撮影部隊も昼休み中なのだが、誰一人として日向に出ようとしない。それほど暑いのだ。
 唯一元気が有り余っているRYUICHIでさえ、昼過ぎの強烈な陽射しと格闘する気はさすがにないらしい。
 ところがそんな中、食後真っ先に「あちぃ」とぼやいたJが、ふらりと立ち上がった。
「……じぇ〜い〜? どおしたのぉ……?」
 眠っているのかと思うほどぐったりしていたINORANが、薄目を開けて声をかけた。
「……ちょっと散歩」
「うっそ! J君、やめなよ。日射病起こすよ?」
「やめとけよ、マジで。お前が倒れたら誰が担ぐのよ、そのデカい図体をさ」
 スタッフや真矢の忠告が聞こえているのかいないのか、Jは返事もせずに灼熱のアスファルトへ踏み出した。
 ちなみに本日のベーシストさんのお召し物はというと。
 上は黒のタンクトップに半袖の黒のシャツジャケット。下は黒のレザーパンツにブーツ。
 ただでさえ黒は暑いというのに、下は通気性などゼロに等しいレザー。暑苦しいことこの上ないはず。
 サングラスは掛けているものの、短くした髪は項を覆ってはくれない。
 日射病の原因は、項を直射日光に晒し過ぎることだというのに。
「じぇ〜い〜……水持ってけばぁ……?」
 またもINORANの声。
 Jは素直に従って、大型のクーラーボックスからペットボトルを一本取り出した。
 水の滴るボトルをぶらさげて、ゆらゆらとJは歩いていく。向かう先はわからない。
 マネージメントスタッフの一人が、Jを追おうとして立ち上がった。
 だが、それを制したのはINORAN。
 ついさっきまでのぐったりした様子が嘘のように、すっきりと背筋を伸ばして立つ。
「……休憩、あとどのくらい?」
「……最低30分、最高1時間くらいかな」
 スタッフの言葉にうなずくと、INORANはJと同じくミネラルウォーターのボトルを手にして歩き出した。


「……あぁ、やっぱここ?」
「……来たのかよ」
「ダメなんて言わなかったじゃん」
「来るなんて言わなかったじゃん」
 軽く言い合って、笑い合う。久しぶりのこんな時間。
 Jがいたのは、撮影現場からほど近い児童公園だった。
 わずかな遊具と砂場とベンチと。
 たったそれだけの、どこにでもあるような公園。
 敷地の縁に並ぶ桜の樹の下に置かれたベンチに、Jは仰向けに寝そべっていた。
 パラソルよりも漏れてくる日光の量は多いはずなのに、なぜかこちらの方が涼しく感じられる。
 撮影現場では止まったと思っていた風が、濃い緑色の葉をわずかに揺らしている。
 さわさわと葉が擦れる音が、通りを走る車の音を遠ざけてくれる。
「……なんでここだってわかった?」
 ゆるく目を伏せたまま、Jが聞いてくる。
 撮影現場を離れる時に掛けていた色の濃いサングラスは、ジャケットの胸ポケットに無造作に突っ込まれていた。
 Jの頭の隣に残るスペースに腰かけて、INORANは種明かしをする。
「真ちゃんがソロカット撮ってる時に、Jこっちに来たでしょ。俺が後ついて歩いてたの、気づかなかった?」
「……知らねぇ……ストーカーやってんじゃねぇって……」
 言葉ではそんな悪態をつきつつも、口元が笑っている。
 こんなに穏やかな表情のJを見るのは久しぶり。
 INORANは同じように穏やかな表情でJを見つめて微笑んだ。
「……涼しいねぇ……」
 同意を求めるでもなくつぶやいて、INORANはペットボトルのキャップを開けた。
 本当はライヴでJがよくやるように、頭からかぶりたい。
 が、それをやるとスタイリストとヘアメイクが泣くので思いとどまって、普通に飲むだけにする。
 涼しいとは言っても、最も気温の高くなる時刻。いかに木陰と言えど、暑いことは暑い。
 しかし、涼感を得られる要素は多い。
 微風に揺れる桜の葉。
 たぶんそこかしこにいるであろう蝉の声。
 生い茂る葉を通すせいか、幾分和らいで感じられる陽の光。
 クーラーの効いた部屋や車の中は確かに涼しいが、それはあくまでお身体だけのことだと痛感する。
 心の底から涼しいと思うのはむしろこっちだよね。
 そう思って、INORANはゆっくりと空を見上げた。
 等間隔に並ぶ桜の向こうに、ビルが幾つも突き立てられて変に角張った空。
 太陽が一番高いところまで昇るこの時間、空は薄い水色を通り越して、白っぽく見える。
「……夏の空ってさ……」
 不意に、Jの声。
 ゆったりと落ち着いていて、とても穏やかな。
 わずかに眠気も含んでいるように思えるのは、INORANの気のせいだろうか?
「……うん……なに……?」
 同じようにゆったりした声で、聞いていることを告げる。
「……白いんだよな……空っつったら青いイメージあるじゃん……なのにさ……」
「……俺も今、同じこと思ってた……」
「……そう……?」
 穏やかに過ぎる時間。
 白い空は高くて、手が届くはずもない。
 それでも子供の頃、入道雲をつかもうと懸命に手を伸ばしたことを覚えている。
 あの頃は、なにを夢見ていただろう?
 なにが欲しくて、どんなことをしていただろう?
 遠い過去に忘れてきたものを思い出させてくれるような気がして、INORANは白い空を見上げた。
「……夏にさ……昼でも夜でもそうなんだけど、寝てるとさ……よく夢、見るんだよ……」
 また、Jの声。
「……どんな……?」
 静かに問い返す。
 伏せていた目を開いて、JはINORANと同じように空を見上げた。
 ついさっき自分で、白いと言った空を。
「……白いの……夢も空みたいに……全部が白くて……べつになにがどうってわけじゃなくて……ただ、白いイメージ……なにもかもが白くて……」
 語尾は吸い込まれるように、穏やかな吐息に溶けた。
 INORANが視線を落とすと、Jはまた目を閉じていた。
「……今も……そういう白い夢、見る……?」
 問いかけに応えたのは、小さな寝息。
 この炎天下でよく眠れるものだと思うが、もう傍からINORANも心地良い眠気に襲われる。
 休憩が終わっても起きる自信がないから、携帯の電源だけは入れておく。
 自分たちが戻らなければマネージャーか誰かが電話してくるだろう。
 欠伸を噛み殺しもせずに携帯をポケットに戻すと、INORANも目を閉じた。
 座ったままじゃ寝づらいけど、しょうがないよね。
 暑いんだから、Jとくっついて寝るわけにいかないし。
 目を閉じたままもう一度欠伸をすると、INORANは今度こそ本格的に眠りの縁へ足を踏み入れた。
 穏やかに流れる風に、二つの寝息が重なった。


 熟睡する二人が発見されるのは、それから1時間後。
 その間二人に訪れたのは、白い空が見せた、夏色の夢。








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