HAPPY BIRTHDAY ver.01






「あ……」
 最後の最後にJの乱入で調子を狂わされた誕生日から3日後。INORANは、買い込んできたCDから一番気になっていた新作を選んでコンポに入れようとして、入れっぱなしだったCDに気がついた。
「忘れてた……」
 苦笑いしながら、この3日間コンポの中に忘れ去られていたCDを取り出す。
 市販品のCD-R。ラッピングもせずに持ってきたJが、最後の1トラックを聴かせてくれなかった、誕生日最後のプレゼント。
 誕生日の翌朝に、Jの目覚まし代わりにかけて笑ってやろうと思っていたのに、すっかり忘れていたのだ。と言うより、誕生日の翌朝、Jが先に起きてしまったせいもあるのだけれど。
 結局Jのメッセージを聴きそびれたまま、今日まで忘れていた。
 少し思案顔で手にしたCD-Rを見つめた後、INORANはそれをコンポに戻して再生ボタンを押した。
 ついでだから、と最初の真矢のメッセージから聴き直して、それぞれの言葉に口元を緩めながら4トラック目を待つ。
 SUGIZOの短いメッセージが終わって、トラック数が3から4に変わった。
「……あれ……?」
 コンポの前に立って聴いていたINORANは、首を傾げながらコンポのボリュームスイッチに手を伸ばした。少しずつボリュームを上げていくが、状況は変わらない。
 音が、入っていないのだ。
 タイムは1秒ごとにちゃんと進んでいく。なにかが録音されているはずなのに、その音はボリュームを上げても耳に入って来ない。
「……なにしたんだ、J……」
 無音のまま終わってしまうはずはないのだ。誕生日の最後の5分足らずでこれを聴かせてくれたJが、自分で言っていたのだから。自分のメッセージの「Happy Birthday」が聴けるより前に日付が30日に変わってしまうから、CDを止めて自分の口で言ったのだ、と。
 だから、数日前のJの声でちゃんと「Happy Birthday」のメッセージが入っているはずなのに、4トラック目の音は聴こえてこない。
 鼓膜を震わせる音がないまま、タイムが1分を超えた時。
「……ん?」
 INORANの耳に、なにかが引っかかった。
 とても微かな、ともすれば聴き逃してしまいそうな、小さな音。
 INORANは慌ててボリュームを上げた。
 聴こえてくる、小さな小さな音。
 声ではなく、音。
 ボリュームが大きくなったり小さくなったりする、不安定な音。
「ピアノ、だ……」
 それも、ピアノにしては甲高いだけの妙な感触のこの音はもしかして。
「……子供用のおもちゃ……?」
 疑いの眼差しでコンポのボリュームを更に上げる。
 間違いない。子供がメチャクチャに叩いて遊ぶためだけの、小さなおもちゃのピアノ。
 その音がなぞっていく旋律が、ボリュームを上げたことでようやくわかった。
「……なにしたんだ、J……」
 さっきと同じ言葉を、INORANは苦笑混じりに呟いた。本当に、Jが何故こんなことを思いついたのかわからない。
 聴こえてくる微かな旋律は、『Happy Birthday』だった。
 旋律だけではなく一応、左手で簡単な和音も弾いている。
 つっかえながら、間違いながら、時には後戻りなんかもしながら、不安定な旋律はそれでも1コーラス分をたどった。
 それで終わりかと思ったら、もう一度同じコードから入って、不安定な和音がイントロをたどって、そして。
「……うわぁ……」
 INORANは、開いた口が塞がらないという言葉通りの表情で固まった。
 Jが、歌っているのだ。
 きっと、あのデカい背中を小さく小さく丸めて、小さな小さな鍵盤を必死になって押さえながら、そのままの姿勢で歌っているのだろう。歌声は聴き取りづらいし、おもちゃのピアノを弾く指が誤った鍵盤を押さえた後に「あ、間違った」なんていう言葉まで入っている。
 それでも歌は続いて、最後のCのコードで押さえなくていい鍵盤まで押さえてしまって和音が少し歪んで、音の余韻が消えて。
『……誕生日おめでと……井上』
 その言葉を耳にした瞬間、INORANは思いっきり力を入れてコンポの電源を落とした。
 怒ったわけではない。
 焦ったのだ。CDはストップボタンを押せば止まってくれるのに、コンポ本体の電源ボタンを押してしまうほど焦ったのだ。
 挙句、ラックにすがりつくようにしてずるずるとその場にしゃがみこんでしまう。
「…………………………反則……」
 なんとか気を落ち着けようと、意識して息を吐いても、赤くなっているのが触らなくてもわかる頬は冷めてくれない。
 井上、なんて久しぶりに呼ばれた。けれど、ただそれだけのことだ。
 それだけのことで、何故こんなにも頬が熱を持つのか、INORANにはわからなかった。
 わからなかったけれど、嫌な気分ではなかった。
 意味もなく一緒にいて、それだけで一緒に笑えた頃。それを思い出した時に胸に湧き起こる、くすぐったくてあったかい気持ちだった。
 ようやく熱が引き始めた頬を軽く叩いて、INORANは立ち上がった。
「……ばーか……」
 コンポからCD-Rを取り出してケースにしまいながら、小さく呟いたその口元は、言葉とは裏腹に緩めたまま。







 


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