僕らが生まれた あの日のように






――夢を、見た。

重く垂れこめた雨雲が晴れるように、穏やかで清々しい気分になれる夢だった。

あれはどこだっただろう。

周りにいたのは誰だっただろう。





ベッドの中で目は閉じたまま、Jはゆっくりと寝返りを打った。

意識はもう完全に目覚めていたけれど、まだ夢の名残に溺れていたかった。





夢に出てきた場所は、とても懐かしくて。

スタジオだった。

それも学生の頃から通い詰めた、狭くて埃だらけのスタジオ。

けれど、当時の自分にはそれでも充分だった。

傍にいたのは、学校の友達と、ライヴハウスで知り合ったやつらと。





ただ、夢に出てきたのはそんな大人数ではなくて。

シーツからはみ出した片足の爪先をそわそわと動かしながら、Jは考える。

あの頃ならたしか、INORANがいた。

SUGIZOと真矢はまだ一緒にスタジオに入ったことがなくて。

RYUICHIに至っては知り合ってさえいなかっただろう。

懐かしい、遠くなってしまったけれど鮮明な、記憶。





あの頃はINORANも自分も、まだそんなに髪が長くなくて。

前髪だけ異様に長くして、茶色に染めていた頃だったはず。





なのに、夢で見たINORANの髪は、ずいぶんと明るい金髪だった。

そう言えば夢の中でINORANが弾いていたギターも見覚えがない。

そのギターでINORANが弾いていた旋律も、覚えがなかった。





覚えのある光景と、覚えのない記憶が、夢の中で混ざっている。





腑に落ちない感覚に、Jは片手で前髪をかき上げた。

短くしてだいぶ経った前髪の感触。

それが新たな違和感を覚えさせた。





前髪が長かった時は、何度かき上げても髪が視界の邪魔をした。

髪を短くしたばかりの頃は、前髪をかき上げる癖が出たけれど。

いつしかその癖も抜け、また前髪を伸ばそうという気も失せた。

なのに、夢の名残に漂う今のJは、たしかに前髪をかき上げた。





そして、思い出す。





夢の中でJは、伸ばした前髪越しにINORANを見ていたのだ。

懐かしい、どうしても狭くなる視界。

けれど、その中央に見たINORANの姿に、覚えがない。





なんで、どうして。





困惑する思考が、完全な目覚めを促した。

Jはゆっくりと瞼を上げる。

少しぼやけた視界に、邪魔な前髪はない。

夢の中の少し不自由な視界との、明確な違い。

それが、一つの答えをJに与えてくれる。

答えではないかもしれない。

正解ではないかもしれない。

Jはそれでも、その答えを否定しなかった。





ゆっくりと身体を起こし、もう一度前髪をかき上げる。

明るい視界に違和感はない。

目を閉じて、今度は夢の中の視界を思い浮かべた。

『明け方に見た夢は、正夢になる』

誰が言ったかもわからないそんな言葉を、Jはふと思い出す。

あの夢が夢のまま終わっても、べつに構わない。

正夢になるのならそれもいい。





夢の最後に、見覚えのない姿のINORANが動いたのだ。

Jの狭い視界の中で、Jに向かって手を伸ばしてきた。

あまり機嫌のよくなさそうな顔で、煙草をくわえたまま。

ギターの弦に触れていた右手を差し出して。

その瞬間、Jの視界が突然明るくなった。





それは単に、眠りからの覚醒だったのかもしれない。

夢の終わりを告げる、ただの太陽光だったのかもしれない。

けれどもしかしたら、べつのなにかだったのかもしれない。

もしあの夢が、過去ではなく未来の自分たちを映したものだったら――。





Jは立ち上がって、窓の外に目をやった。

朝の光は、この季節特有の強さで視界を灼く。

その光を遮るように、左手を目の前にかざした。





夢の中で差し伸べられたINORANの右手に、Jは左手を重ねた。

ステージの上、ライヴの最後に何度も何度も繋いだ手だった。





あの夢が正夢になるのなら、また手を繋ぐことがあるのだろうか。

今は離してしまった手と手。

重ねることはまだ当分ないだろうけれど。

可能性がゼロになったわけでもない。

光を遮っていた左手をしっかりと握り締めて、Jは窓に背を向けた。

夢の最後に一言だけINORANが口にした言葉が脳裏をよぎる。





『行くよ』





Jの左手を引いて、INORANはたしかにそう言った。

その言葉はJの目を前に向けさせてくれた。

ただの夢でも予知夢でもいい。

その言葉があれば、まだしばらくは独りでも歩いていけそうな気がした。





Jの33年目が始まった日の、朝のことだった。








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