UNDER THE SUN
目の前に、Jの寝顔がある。
照明を完全に落とした暗闇の部屋。
ベッドの上でINORANは、穏やかな寝息を紡ぐJの顔を、ただ見ていた。
人なつっこい犬のようだとよく言われるJの顔。
それは間違いなく人間の顔で、犬とは似ても似つかないし。
眠っていればそこそこ整った顔立ちに見えないこともないし。
なのに人なつっこい性格のJは、笑うと確かに犬――それも、子犬のようだった。
初めて会った時からそうだった。
中学の時、教室でぼんやりしていたINORANに、Jがいきなり声をかけてきて。
それは確かに、飛びすぎて見失ったボールをやっと見つけた子犬のような顔だった。
今でもINORANはあの時のJの顔をよく覚えている。
その当時としてはマニアックなレコードを持っていたINORAN。
それを聞きつけてわざわざINORANのクラスまで来たJ。
INORANに、そのレコードを持っているかと聞いてきた瞬間のJの顔。
少し遠慮がちな、けれどものすごく期待している表情で、INORANの答えを待っていた。
INORANがYesと答えた瞬間の顔も。
まるで長い間離れていた飼い主にやっと会えた犬のような顔だった。
あの時のJに尻尾がついていたら、それは間違いなくちぎれんばかりに振られていただろう。
――なにも変わっていない。
INORANはわずかな衣擦れの音を立てて片腕を持ち上げ、Jの髪に指先で触れた。
あの頃とは確かに変わったものがたくさんあるのだ。
二人とも、体格も顔つきも内面も考え方も、たくさんのものが変わった。
それなのに。
Jだけがなにも変わらないように見えることがある。
INORAN自身はずいぶん変わったと自覚しているし、周りからもそう言われる。
Jもそう言われることが多いし、実際変わったところも多いのに、それでも。
なにも変わってなんかいない。
そう思うことがある。
互いの家に泊まり込むことも多くなった頃、初めてJの寝顔を見た。
教室で居眠りしている時とは少し違う、安心しきった子どものような寝顔だった。
今、INORANの目の前にあるJの寝顔は、少しも変わっていない。
ずいぶん短くなったJの金髪を指先でたどりながら、INORANは思い出す。
この髪が陽の光を浴びているシーンに、あまりお目にかかったことがない。
学生のうちはまだこれほどの金髪にはできなかったし。
バンド一辺倒になってからは夜型の生活だし。
屋外で一緒にいることなどあまり多くなかったから。
けれど、少ないながらもINORANはそのシーンをよく覚えている。
陽の光に透けるようなJの髪が、INORANにはいつも眩しかったから。
それはそのまま、Jのまとう光が強いことを意味しているようで。
INORANには遠い気がしていた。
けれどその光は今、INORANの目の前に、指先が触れる距離にある。
両腕を伸ばせば包み込むことができる、小さな太陽。
Jが軽く眉根を寄せて、喉の奥で唸った。
起こしてしまったかとINORANが引っ込めた指先は宙に浮く。
けれどJは瞼を落としたまま、また穏やかな寝息を立て始めた。
携帯に突然電話を入れてきたかと思ったら、待ってる、の一点張り。
呆れながらもJの自宅を訪ねたINORANを待っていたのは、ベッドに沈んだJの姿で。
なんのためにわざわざ呼び出されてやったのか、とINORANは怒りすら覚えたけれど。
寝ぼけたのか普通に起きたのか、ベッドに横たわったJが手を伸ばしてきたのだ。
無条件に甘えさせてくれる人を見失って、今にもその瞳に涙を浮かべそうな子どものように。
今にして思えば、Jはただ寝ぼけていただけかもしれなかった。
伸ばされたJの手をINORANがつかんだ途端、Jは安心したように寝入ってしまったから。
だから手をつかんでくれる人なら、Jには誰でもよかったのかもしれない。
そう考えながらも、INORANは目の前の金髪から指を離せずにいる。
あの時、この小さな太陽を翳らせていたなにかを吹き払ったのは自分の腕だと。
理由も証拠もない確信が、胸の奥に息づいていた。
少し癖のあるJの髪に指先だけを幾度も通しながら、INORANは口元を緩める。
こんな小さな太陽でも、その光は充分に強く、あたたかい。
この光が届く距離にいるのは、少なくともINORANにとって嫌なことではない。
久しぶりに浴びたその光は、なんのためらいもなくINORANを照らしている。
その強さもあたたかさも、決して嫌なものではなかった。
――もうしばらく、こうしていよう。
INORANは勝手にそう決めて、腕を伸ばしてJの髪を抱きこんだ。
ついでに、今日一日この太陽の下にいることも決めて、瞼を閉じる。
腕の中の小さな太陽は、柔らかくINORANの腕をくすぐった。
INORANの33年目の始まりを告げる朝日が二人を照らすまで、あと少し。