Jを探していた。
どこにいるかわからないわけじゃないけど。
と言うより、いる場所はわかってるんだけど。
Jが仕事に出てこないからみんな心配してて。
たまたま俺が一番、近かったから。
今住んでるマンションがJのとこと近いし。
ついでにステージの立ち位置も一番近いし。
Jとは付き合いが一番長いし。
それも浅い付き合いなんかじゃないし。
近くて、長くて、深いから。
だから、俺がJを探しに出た。
本当は昼の光が、俺も苦手。
優しく世界に降り注ぐように見せかけて。
残酷なまでにすべてを照らして。
必ず、影を作る。
その光の中、俺はJを探していた。
本当はこういう時、Jと俺の間はすごく。
遠くて、短くて、浅くて。
だけど、みんなにはそんなこと言えないから。
だから、俺がJを探していた。
どこにいるかはわかってる。
家から出てない。
こういう時のJはいつもそうで。
だから絶対家にいるって、俺は知ってた。
知ってたけど。
だけど、だからってすぐにJは見つからない。
俺はそれも知ってた。
こういう時Jと俺の間は遠くて短くて浅くて。
わからない。
Jがどこにいるのか、わからない。
それでも俺は、Jを探していた。
Jのマンションの駐車場には車があった。
出かける時バイクか車を出すのはJの癖。
バイクも車の隣にあるからJは出かけてない。
間違いなく絶対家にいるはずで。
だけど、それでもJはなかなか見つからない。
正確には、「Jというミュージシャン」が。
だから俺は本当は、Jじゃなくて。
潤を。
探しに来てる。
みんなには言わない。
みんなの前に戻る頃には潤はもう「J」で。
だから、言う必要がない。
今だって、俺が探しに来たのは潤で。
だけど、潤でもやっぱり見つからない。
あんなに大きな図体しといて、潤はいつも。
俺から見えない場所にうまく隠れてる。
今日はどこに隠れているだろう?
最初に非常階段で屋上までゆっくり上る。
本当は立入禁止になってるけど気にしない。
地上を歩くより少し暑く感じられる屋上。
足元の愛想のないコンクリートと、光のせい。
轟音を響かせる大きなファンの陰。
貯水タンクの裏側。
隅から隅まで歩き回ってみる。
この前……いや、その前のそのまた前。
たしか潤はこのファンの陰にいた。
その日は雨で、まさかと思ったのに。
ずぶ濡れでここにいた。
ファンに巻き込まれて好き勝手に飛ぶ雨粒と。
空から降り注ぐ雨粒に濡れて。
こんなところで見事に風邪を引いていた。
今日は天気がいいけど、一応覗いてみて。
やっぱりいないから、さっさと下りた。
次は潤の部屋のあるフロアへ。
人気のない平日の昼。
誰に見咎められることもなく潤の部屋の前へ。
合鍵で勝手にドアを開けて、無断で入る。
ドアの向こう、足元には潤の靴。
相変わらず散らかってるそれを並べて。
最後に自分の靴を脱いで並べて、奥へ。
手前のドアから順番に開けては中をのぞく。
この前のその前はたしか、バスルームにいた。
なぜかバスタブの隅っこで小さく丸まって。
服着たまま水だけのシャワーを浴びてた。
あの時もやっぱり潤は風邪を引いた。
今回は、バスルームとトイレにはいない。
リビングをのぞくと、そこは暗かった。
真っ昼間なのに遮光カーテン引いたまま。
テーブルの周りには空缶と空瓶。
グラスがないから直接口をつけてたらしい。
肴になりそうなものもないということは。
たぶん、酒だけあおってたんだろう。
潤がそんなことをするのは、実は珍しい。
ぱっと見たところ、リビングにもいない。
酒をあおったならベッドかもしれない。
またきっと服を着たまま寝てるんだろう。
それとも、この前みたいに。
クローゼットの中で寝てたりして。
今みたいにどこにもいないと思ったら。
クローゼットの中で服が全部落ちてて。
ぐちゃぐちゃに積み重なった服のその下で。
潤が寝てた。
潤はそういう、どこかに閉じこもる癖がある。
でかい図体を小さく丸めて、どこかに。
ベッドの中っていうのはたぶんあり得ない。
どっちかって言うとベッドの下とか。
ベッドルームをのぞいてみたら。
そこもやっぱり暗いままだった。
厚いカーテンに遮られて光が見えない。
ベッドの上には皺だらけのシーツだけ。
下をのぞきこんでも床しかなかった。
クローゼットの中は綺麗に片付いてる。
ベッドルームを後にして、不意にひらめいた。
まさか中身の少ない冷蔵庫じゃないだろうな。
子どもでもなきゃ入れないと思うし。
でも一応キッチンに足を向けた。
冷蔵庫だけじゃなくてシンクの下とか。
狭いところをのぞいたけど、潤はいない。
機材だらけになってる部屋は可能性が低い。
音楽とか楽器とかバンドとか、そういうもの。
それと距離を置きたくなった時に潤は隠れる。
だから機材部屋ってことはなさそうだけど。
一応のぞいてみて予想通りだったと確認した。
なら、他のどこかへ隠れているはずだった。
車もバイクも靴も財布も鍵もみんなある。
潤は絶対この部屋のどこかにいる。
いるはずだった。
だけど、思い当たらない。
あとはどこがある?
潤が隠れられそうな場所。
リビングに戻りながら真剣に悩む。
じっと立ち尽くして考えること数分。
もしかしたら数秒かもしれない。
もっと長く考え続けていたかもしれない。
潤の頭の中なんて俺にはわからないから。
ずっとじっと考え続けて。
潤が隠れられる場所。
潤が隠れに行きそうな場所。
潤を隠してくれる場所。
俺から、隠してしまう場所。
考えても答えは出ない。
それでも考え続けていたら。
不意に酒精の匂いが鼻についた。
そう言えば、カーテンを開けていなかった。
ベッドルームもそれは同じ。
少し空気を入れ換えようと思った。
そうでもしないと思考が行き詰まる。
ベッドルームへ行ってカーテンを引き開ける。
離れていた光が、柔らかく眼に刺さった。
ついでだから窓も開けて、リビングへ。
大きな窓を覆うカーテンを引き開ける。
いや、引き開けようとした。
その時、初めて気づいた。
カーテンの下の方が不自然に膨らんでいる。
酒精の匂いの残る空気が充満している。
だから窓が開いて風が入ってるわけじゃない。
潤は窓際に余計なものを置くのを嫌っている。
だから前から置かれているものじゃない。
じゃあ、なに?
答えは俺の中に一つしか浮かばなかった。
カーテンをそっと上へ引っ張り上げてみる。
そこに、探していたものがあった。
でかい図体を小さく丸めて。
窓際で背中に光を浴びて。
重く厚い遮光カーテンに隠れて。
潤が寝ていた。
よく見ると、窓の向こうのベランダ。
リビングと同じく空缶と空瓶が転がっている。
中で飲んで、足りなくて外で飲んで。
寒くなって中へ戻った、といったところか。
笑えるほど小さく丸まった潤に触れる。
剥き出しの腕、肩、頬、額。
頬と額以外は冷えていた。
きっとまた風邪を引いてる。
肌寒い中タンクトップ一枚でいたら当たり前。
フローリングの床、温度のないガラス。
潤の周りのあったかいものはカーテンだけ。
仕方ないからベッドルームへ行く。
毛布ばっかり三枚くらい持って戻って。
潤を頭から裸足の爪先まで覆ってやった。
窓は潤の背中がくっついてて開けられない。
あきらめてカーテンだけ開けた。
ベランダのは後回しで空缶と空瓶を片付ける。
それから一度部屋の外へ出て、携帯で電話。
潤が家にいたことをみんなに知らせる。
今すぐ連れて来いと怒鳴る人もいたけど。
今の潤はどうせ動かないから適当に聞き流す。
リビングに戻ると、蛹が脱皮し始めていた。
どこが上だか前だかわかってないみたいに。
もぞもぞごそごそ。
ソファに座って煙草吸いながらそれを見てた。
しばらくするといきなり蛹に足が生えた。
次に手が一本生えて、それから。
「……いのうえ……?」
かすれて、少し鼻詰まり気味の声が聞こえた。
俺はなにも言わずに煙草を吸うだけ。
手足の生えた蛹はまだ動いてる。
いくらも経たないうちに髪が生えた。
ついでに人間の顔が出てきて。
ようやく、蛹が潤になった。
「……いつ、きたの……」
かすれたままの声で潤が言う。
俺が来たのなんて知らなかったくせに。
毛布かけてあるとちゃんとわかるらしい。
答えずにいると、潤はゆっくり起き上がった。
その身体はもう丸まっていなくて。
少し猫背気味だけど背筋が伸びて。
ちゃんと、人間だった。
いつにも増して変な寝癖のついた潤の金髪。
太陽の光に透けて、くすんで見えた。
「……ごめん」
潤がぽつりとつぶやいた。
「謝らなきゃいけない人はここにいないよ」
仕事が進まなくて苛ついてる人は。
「ここにもいるじゃん」
潤が俺のそばに来て、床に座り込んだ。
俺の膝に頭を乗せて、小さな欠伸を噛み殺す。
「他にもいるでしょ」
たしかに俺もいい迷惑ではあるけど。
俺だけが潤の勝手に振り回されたんじゃない。
「だから、いのうえにも、ごめん」
他のヤツには後で言うよ、って。
息だけでそう言って、潤は瞼を閉じた。
その身体は呼吸に合わせてわずかに動くだけ。
あまりにも動かないそれは。
変な姿勢でむりやり蛹になった虫みたい。
「……今日、仕事どうする?」
潤の髪をふわふわ撫でながらそう言った。
「……もうちょっと、おれにくれる?」
動かなかった潤が唇だけ動かしてそう言った。
なにを、と聞くまでもない。
潤がJでいられるようになるまで。
まだ時間が要る。
潤は胸の前で拳を握ってた。
まだ。
もう少しだけ。
「じゃあ、あと3時間くらい」
曖昧な答えを返すと潤の瞼がぴくりと動いた。
「……なんで?」
それでも瞼を閉じたまま、そう聞いてくる。
「陽が、暮れるまで」
3時間、と区切ったその理由を言う。
潤は納得したのか、聞いていなかったのか。
俺の膝の上で、小さな寝息を立て始めた。
俺は煙草をもみ消して、窓の外に目をやった。
あの太陽が見えなくなるまで。
優しくて残酷なあの光が、力を弱めるまで。
もう少し、このまま。
脱け殻にしがみつく成虫のように。
琥珀に取り込まれた虫のように。
もう少し、じっとしていよう。
西の空に厚い雲が見えた。
雨になる明日はきっと、今よりは。
今よりは、もう少しだけ。
笑えそうな気がした。