冷泉彰彦  :作家(米国ニュージャージー州在住)   2001/10/09

   「様々な風が吹きはじめた、そして」・・米国の生活状況は


 911(セプテンバー・イレブンス)から三週間が経ちました。ニューヨークを含む米国の東北部は、寒暖の激しい気候に翻弄されています。最高気温が華氏50度(摂氏で丁度10度)を切る日があると思うと、その翌日には半袖でも汗ばむ陽気といった具合に。季節の話題といえば、あの事件のあった九月の第二週はほんとうに抜けるような青空が続いていました。あの一週間の空の青さは、この地域に住む者に取って一生忘れられないでしょう。晩夏とか初秋とか言うのではなく、2001年の911のあったあの週の青空として。ですがそんな人々の心の傷は傷として、NYの街にも、アメリカの社会にも、そして地球上にも様々に風が吹き始めたようです。風向きは誰にも読めないのかも知れません、風が吹き始めたのは事実です。

 丁度事件から三週間目の10月2日の火曜日には様々な動きがありました。米国東部時間の昼前には英国のブレア首相が労働党大会で行った勇ましい演説がCNNで全国中継されました。「証拠はある」、「事を起こすときだ」、「他人事ではない。英国に流入するコカインの90%はアフガン製だ」約一時間のスピーチは、もちろん雄弁には違いありませんでしたが余りにも一本調子かつ強硬で、終わった直後にはCNNのキャスター陣も呆気に取られていました。翌日のNYタイムスは、「ブレア首相の『タフ』な談話」という見出して内容を紹介するのみでした。ブレア氏はその演説の後、間髪を入れずパキスタン入りを表明。そう言えば、彼は友好国の元首として真っ先に米国入りしブッシュの議会演説の会場にも現れて存在感を示していました。そこには「米国への協調」をはるかに越えた英国としての恐ろしいまでの外交技術を見る思いです。

 ブレア演説の数時間後、いつものように2時15分きっかりにFRB(連邦準備委員会)が利下げを発表しました。17日のNY市場再開に合わせた抜き打ちの利下げから日が浅いにも関わらず、市場の期待感を裏切ることなく0.25%ではなく思い切った0.5%の下げでした。直後は売買が錯綜しましたが、一夜明けた3日の水曜になると下げ止まりの気配の見えなかったハイテクや小売と言った業種に、市場は「底値感」が広がり堅調な動きになっています。NASDAQは6%近い戻しを見せましたし、何もかもが超悲観論ではない、新しい風の気配を感じます。もっとも、この日一日、利下げに至る前にブッシュ大統領自身が事件後二度目のNY入りして財界人を激励する一幕があり、同時刻に財務長官の議会証言があり、といった具合に政権の側でも懸命に風を起こそうとしていることもあるのですが。

 街を歩きますと、量販店には例年と同じようにハロウィンのお菓子や仮装用の衣裳が並び、そこそこ売れているようです。「ウィンドウズXP」は、プリインストールされたパソコンが今週から静かにしかし一斉に店頭に並び始めました。ソフト単体での発売は25日、復興の思いを込めてNYで派手なイベントが企画されているようです。インテルのチップも、各社のメモリも信じられないような安値が続いている中で大きなOSのアップデートですから、冷え切っていたパソコン関連商品の売れ行きも戻るのではないでしょうか?これまでが余りにも売れなさすぎましたから。

 小売りの各社とも、喪中気分だからといってセール自粛というような動きはありません。むしろ、経済の復興のために思い切って広告もするし、商品も店に積み上げるような姿勢を示しています。高級百貨店のノードストームのように、かなり深刻な業績の落ち込み見通しを発表したチェーンもありますが、同社にしても「犠牲者への支援」を広告に大きく打ち出して、コミュニティの中での存在感を維持しようと必死です。ある意味では、個人消費というのはアメリカの経済と文明の中核にある行動です。誰もが経験したことのない事態に当たって、人々はどう消費しようか迷っていると言って良いでしょう。今日の相場では、ティファニー社の株が市場でもてはやされていました。事件後に売り上げが30%以上落ち込んだという率直な情報開示を受けて、市場は「底を打った」と判断したのでしょう。同時に「ティファニーの業績が戻るような世の中に早くなって欲しい」という願望にも似た投資心理もあるようです。

 「優しさ」を求め、「癒し」を求める心理はまだまだ根強いものがあります。消費にからめて言えば、各社が流しているTVコマーシャルもそんなムードがあります。例えば、コカコーラの広告。連続試合出場の記録を更新し惜しまれつつ引退するカール・リプキン・ジュニア選手を使い、去り行く英雄の静かな姿にそっと事件の犠牲者への追悼のメッセージを加えたもので好評です。モーガン・スタンレー証券をはじめ、多大な犠牲者を出した金融各社も広告を再開しましたが、「お見舞いへのお礼」などという同情買いは一切なく、あくまで顧客が直面している困難に対して全力を挙げて支援するという姿勢、そして自分達の提供するサービスの質は守り抜くという決意表明というパターンが多いようです。ただ、荘重な音楽やナレーションが伴うので少々気が滅入るのは仕方ありません。

 音楽への嗜好などには、その「癒し」志向がはっきり現れています。今、アメリカ全土で、極端な形で売れている歌手がいます。湾岸戦争の時のようにホイットニー・ヒューストンの「国歌」?いいえ、違います。アイルランドの歌姫、エンヤのCDが飛ぶように売れているのです。半年位前に出た最新のアルバムなどは、ほとんど品切れで増産に増産を重ねているようです。アイリッシュの民謡風のメロディーを幻想的なアカペラで歌った彼女の歌がこれほどまでに売れるとは、「癒し」を求める心理も極まれりというところでしょうか。週刊誌の「タイム」などは、再度のテロ攻撃を恐れてガスマスクを買い求める人たちを取り上げたりもしていますが、恐らくこのエンヤのCDは全米でガスマスクの数十倍も売れているのではないでしょうか。

 国旗を掲げる心理はまだまだ続いています。国旗をはためせながら走る車はとても多いですし、商店も家々も多くが国旗を掲げています。三色のリボンを胸にした人もまだまだ大勢います。そして、国旗が軍事的な強さや政治的な保守性の象徴から、抽象的な連帯の象徴へと変わった、その流れも根強いものがあります。ですが、すこしずつニュアンスが変化してきているのも事実です。例えば、貿易センターの倒壊現場で、救助隊の消防局員が掲げた国旗に海軍が目をつけ、地中海に展開する空母に掲げる。その代わりとしてNYに掲げる国旗をペンタゴンから若い海軍の兵士が駅伝リレーで届けるということがありました。ですが、このニュースを伝えたABC(NYのチャンネル7)のキャスターは「ふん」というような無関心な姿勢をあからさまに示したのです。多くの犠牲を出した消防士たちの伝説を語る国旗が海軍の士気高揚に使われることへの異議というのは明白でした。

 ブッシュが主張した9月22日を過ぎても、多くの教会や消防署などは半旗を続けていましたが、こちらは10月に入るとさすがにほとんどが正常に戻りました。一方で、「喪中ムード」に嫌気がさしたティーン・エージャーたちが家々の国旗を失敬するという動きも聞かれます。これはまあ正常な反抗心理の一種でしょう。「弔い合戦」の勢いで「ミラクル」を期待させた野球のメッツは、さすがに疲れが出たのかアトランタでは思うように勝てず優勝戦線から脱落してゆきました。一ファンとしては寂しい思いもしますが、事件後中断していたシーズンが再開されて後の六連戦で五勝一敗というあの勢いは、NYっ子には永遠に語り継がれるでしょう。それにしても、そんな特別なチームを相手に動じなかったブレーブスのプロ根性は見上げたものです。

 2日の火曜日の話に戻ります。夜の8時からは、NYのミッドタウンにあるラジオシティ・ミュージック・ホールで「カム・トゥゲザー」と題したジョン・レノン記念コンサートがあり全国中継されました。「本来は銃規制、非暴力、平和をテーマに一年前から暖めていた企画なんだが・・・」オープニングに当たって、司会の名優ケビン・スペイシーは力強く語り始めました。「今、この時期に、この街でやる以上、新しいミッション(使命)が加わったことは明らかだ」、「今この時期に、この街で」という言葉に会場は緊張感に包まれました。「いかに卑劣な憎悪をもってしても、我々を分断することは出来ない。そのことを訴えるという使命だ」割れんばかりの拍手が場内を包みました。「ジョン・レノンは大衆の側に立とうと苦闘した。そんな思いを込めて『勤労者階級のヒーロー』という言葉を歌詞に歌った。でも、今度の事件で分かっただろう。『勤労者階級』は本当のヒーローになったんだ!」冷静に語れば語るほど熱いものを感じさせるケビン・スペイシーの言葉には不思議な力がありました。

 コメディ映画の人気者、ベン・スティラーがこれに続きました。「ベトナム後、そしてウォーター・ゲート事件後のアメリカはシニシズム(冷笑主義)に毒されていた。ジョンは、70年代ロックのファッショナブルなシニシズムとは無縁だった。だけど、考えてみよう。この9月11日、あらゆるシニシズムが吹っ飛んでしまったと思わないか?」いつもはスクリーン一杯にドタバタ劇を繰り広げているスティラーが鋭い眼光を光らせてこう語った時、誰もが「アメリカは変わりつつある」ことを実感したに違いありません。

 CNNの創業者テッド・ターナーの名を冠したターナー・ネットワークを中心に中継された番組は、ものの見事にジョン・レノンの肉声を俳優達のメッセージや、現代の歌手達によるジョンのナンバーと組み合わせ、極めて強い「平和のメッセージ」を発信していました。直前に発売されたチケットはアッという間に売り切れたそうで、会場の熱気は画面からも伝わってきました。プロテストソングの伝統を受け継ぐ現代の歌姫、アラニス・モリセットは"DearPrudence"を真っ直ぐな歌唱で歌い上げていましたし、シンディ・ローパーは独自の揺れるような歌唱で「ストロベリー・フィールド」を実にスピリチュアルに歌っていました。

 ショーの終わりには、ジョンの遺児ショーンが見事に父のナンバーを歌い上げた後に、ヨーコ・オノが登場、平和のメッセージを訴えると会場全体は総立ちになりました。TVの中継は米国トヨタが総合スポンサーとしてクレジットされ、市場に投入されたばかりの「新型カムリ」のCFを再三流していました。イデオロギー色の色濃い番組の総合スポンサーのポジションを買うとは、トヨタもなかなかオツなことをするなという印象ですが、恐らく広告のエージェンシーと協議を重ねての上であり、米国トヨタとして市場の「風」を読んだということなのでしょう。

 ヨーコ・オノといえば、「9.11.01特集号」と銘打った最新の「ローリング・ストーン」誌にもメッセージを寄せています。今回の事件を自身の幼年時代の東京大空襲の経験と結びつけた珍しい論調です。「爆撃の音が止んで防空壕から出た時に、ああ、もう一日生きられると思ったの」、「辛い経験だった。でも、その経験が私を強くしたの」だから、今回の事件について80%の人が軍事行動を支持しているなんていう世論調査を見ても「なにそれ?」だというのです。この「ローリング・ストーン」誌そのものもはっきり慎重論に立った編集になっています。

 ブッシュ大統領ですが、この3日NYでは小学校を訪問し子ども達に対して本当に「目の高さ」で激励の声をかけていました。「私はアメリカが好き、何故なら・・・」の「・・・」を埋めるというのがその「授業」のテーマでした。ブッシュ自身は「私はアメリカが好き、何故なら自由(freedom)が好きだから」と生徒達の前で書いたのですが、クラスの中の女生徒が「何故ならアメリカは自由だから」と書いていたのを目ざとく見つけて「ボクのと似てるなあ、もしかしたらキミのの方が良いような感じもするね」などと語りかけていました。顔は激務のせいで可哀想なほどやつれていましたが、無邪気な目をして子ども達と話を続ける大統領には、不思議なカリスマがありました。

 翌4日のワシントン、国務省に現れたブッシュはその不思議なカリスマを見事に発揮し、先々週の議会演説より更に「慎重論」へ寄った切れ味の良い演説を行いました。その直前に飛び込んできたロシア航空機の黒海墜落という報にも動じることなくスピーチを終えてパウエル国務長官と堅く抱き合う大統領に、国務省詰めの報道記者達は総立ちで拍手を送っていました。演説の目玉は、320ミリオン(約380億円)のアフガン国民への食糧と医薬品の援助でした。

 ホワイトハウス内を慎重派が掌握していることは明白です。ですが、「ピン・ポイント」をやらないと決まったわけではありません。ただ、ブッシュの言う「戦い」がテロリズムの抑止と犯人への懲罰だけでなく、国内世論、国際世論、イスラム穏健諸国、イスラエル、そして特殊な利害関係のある英国やロシア、更に「三次元のチェスゲームに苦しむ(CNN)」パキスタンの国情などに加えてアフガン国民の民生という要素まで含めた多元連立方程式として捉えられていることは間違いないでしょう。ラムズフェルド国防長官の諸国歴訪というのも攻撃への根回しなどといった単純なものではないに違いありません。その一方で、議会も動き始めました。航空業界の失職者救済を求める民主党が共和党に論戦を挑み始め、「遠慮」していた政争もいよいよ再開です。

 喪中気分は少しづつ晴れてきました。社会のあらゆる活動が徐々に「正常に」戻りつつまるようです。それと共にほんとうに様々な方向からの風が吹き出しました。まだまだその行方は分かりません。ですが、「911」を経て明らかにアメリカは変わりました。変化のスピードは落ちてはいません。リスクを取りながら判断を下す勢いも変わりません。ですが、「ずっと先を見て」考える姿勢や、「立場の異なる人の存在を考慮に入れる」姿勢は強くなりました。そして、立場の違いを越えて団結したり助け合ったりすることも。もしかしたら、ベン・スティラーの言うように「シニシズム」は終わったのかもしれません。

 米国東部時間、10月7日の午後12時30分、米英軍によるトマホーク・ミサイル約50発によって、アフガニスタン領内のタリバンの戦略拠点への遠隔爆撃が実施されました。公式の声明は約15分後にブッシュ大統領自身のアナウンスがあり、そして数時間後にペンタゴンからのやや詳しい発表がこれに続いています。

 とにもかくにも、ホワイトハウスは手を打ち始めました。国防総省の言うような、タリバンの防空機能を破壊するのが援助物資の投下のためというのは、事実にしてもある種の言い訳に聞こえます。これは、軍事作戦には間違いありません。作戦の戦略戦術に関する詳細な評価は、現時点では小生の手に余ります。ですが、ホワイトハウスに取って時間的な焦りという問題は大きかったということは指摘しても良いでしょう。

 外交攻勢を強めるプーチン大統領をこれ以上放置すれば、否が応でもチェチェンの問題とオサマの問題が関連付けられてしまいます。ロシア旅客機の黒海での撃墜事件も不気味でした。ブレア首相の挑戦的な姿勢も、放っておけばホワイトハウスが受け身のままどんどん緊張を高めてしまうだけです。恐ろしいのはイスラエルで、シャロン首相の一昨日の発言「アラブに対してこんな弱腰ではヒトラーへの宥和政策と同じ」うんぬんは、米国内でもジャーナリストの激怒を呼んでいました。放置すれば米国内での反イスラエル感情が高まり、中東政策に関する米国内の国論分裂に立ち至る危険がありました。

 "unite"の思いを込めて街に星条旗の翻っている間に、そして事態が「米国vs.オサマ」せいぜいが、「米英vs.タリバン」 という構図のままで収まる間に思い切って最初の手を打ってゆきたい。そうではなくて、英露そしてイスラエルの横槍で事態が錯綜してから、あるいはイラクがこの問題に飛び入りしてきてから、世界の警察官として悪者に担ぎ出されるようでは苦しいことになります。オサマだけでなく、この事態に参加している様々なプレーヤーに「なめられる」し、再報復テロを許す隙を見せることにもなるだろう。理屈としてはそういうことになるのでしょう。

 ですが、アメリカは以前のアメリカではありません。夕方のCNNでNATO軍参謀のOBが今回作戦の「解説」をしていたのですが、「今回作戦において民間人の犠牲者が出ている可能性は?」 という質問に対して元参謀は 「覚悟しなくてはならない(needtobeexpected)」とはっきり言ってしまったのです。その瞬間にCNNの花形政治記者のウォルフ・ブリツァーともう一人の女性キャスターの顔は引きつり、重たい沈黙が流れました。それは、元参謀が「空爆に対する昔の通りの感覚」を持っていることへの驚きであり、このまま攻撃をエスカレートした時に世論が割れる危険への戦慄だったように思いました。

 米国世論の動向がたいへん微妙なところです。基本的に対象地域への無関心と非現実感の支配していたコソボをめぐるユーゴ空爆などとは全く訳が違います。今回は、テロの頭目であるらしいオサマを匿っているらしいタリバンへの反撥と同時に、アフガンの市民達はそのタリバン支配の被害者であるらしいという深い関心と世論形成が出来ていることは間違いありません。アフガンの隣国のパキスタンからは、一夜明けた朝刊の見出しがアフガン贔屓色が強いという報道と共に反米デモのニュースが入ってきています。パウエル国務長官は急遽、パキスタンとインドに飛ぶことになりました。オサマ自身の「パレスチナに平和の来ない限りアメリカにも平和は来ない」という不気味なビデオは全世界に流れて、嫌な雰囲気を煽っています。

 ここニュージャージーの田舎町では、全ては平静です。ですが、NY市内や各空港では厳戒態勢が取られているようです。日曜の晩、911のためにその日に延期になっていたTV界の業績表彰のイベント「エミー賞」の授賞式は中止になりました。そんな中、空爆の第一報後に行われた、NBCとウォール・ストリート・ジャーナルの連合世論調査では、67%が「この問題の解決には数年を要する」と答え、89%がその間に再び米国本土が狙われることがありそうと懸念しつつも、90%は今回の空爆を支持するという結果が出ました。NBCのブライアン・ウィリアムスなどのジャーナリスト達は、90%の支持という数字が高いことと共に、長期戦や危険を世論が覚悟していることに驚きと困惑を示していましたが、「前例のない事態だということを世論が理解している」ことは大きな希望だ。そんなニュアンスの発言も聞かれました。

 事態は展開し始めました。ですが、アメリカの世論に取っては、過去のパターンとは違う「前例のなさ」を正視した模索を続けていることには変わりはありません。今回の空爆への支持にしても錯綜する事態の中で、リスクを覚悟し、ある仕方なさを引き受ける覚醒が感じられます。月曜日のコロンバス・デーの休日(NYでのパレードは予定通りだそうですが)を挟んだ週明け以降の事態と世論の動向からは目が離せません。

冷泉彰彦:
著書に『トロイの木馬』(角川春樹事務所刊)
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