星に願いを

1789年のクリスマス

太陽・作

 

1789年12月24日

ジャルジェ家のクリスマスはオスカルの誕生日も重なるという事情もあって、毎年派手ではないが大勢の人が集まり、賑やかに行われていた。
が、さすがに今年のクリスマスは違った。誕生日を迎える筈の光り輝く人の姿は既に無く、その人に影のように従った黒髪の人の姿も消え、長年この屋敷を縁の下で支えてきた人も今はいない。火が消えたようにという言葉があまりにも似合うような、寂しいクリスマスを迎えようとしていた。

レニエ・ド・ジャルジェはそれでも、できるだけ昨年までと同じようなクリスマスの準備をするように言いつけた。そして妻と二人で例年と変わらずに飾り付けられたクリスマスツリーの前に佇むと遠い日のことを思い出していた。

あの日、とても嬉しそうな顔で私を呼びにきた妻と階下へ降りてみると、クリスマスツリーの下に天使たちを見つけたのだった。二人で毛布に包まり、しっかりと手紙を握り締め、あどけない顔で眠り込んでいた。その二人の手に握られた「サンタさんへ」と書かれた手紙を手に入れると、妻と二人でこっそりと読んだ。私たちもできるならその願いを叶えてやりたかったが、それはどう考えても無理な願いだった。

上の姉たちは割と現実的で、これが欲しいとかあれが欲しいとかいう物品欲は持ち合わせていたが、サンタに非現実的な願い事をするような子はいなかった。
だからオスカルとアンドレの願い事に、人を思いやる優しさが満ち溢れていて、本当に感激したものだった。我が子に対してそう誉められるものではないから(一応厳しい父親ということになっていたので)、彼らには特に何も言わなかったけれど、内心は鼻高々だったのだ。

その手紙を読んで涙ぐんでいる妻と相談した結果、サンタに成り済まして手紙の返事を書くことにした。サンタの手紙は私が書き、アンドレの母の手紙は妻が書いた。妻は、「子供を置いて逝かなければならなかった母は、きっとこんな風に考えると思います」と私に哀しそうな目を向けると言った。

そして、書いた手紙を元のようにそっと二人に握らせた。部屋まで抱いて連れて行こうとした私に、妻は彼らのプライドがかかっているのだから、そのまま朝までそっとしておくべきだと言った。その理由は最もだが、私は風邪をひかないか心配で、執事に一晩中暖炉の火を絶やさないように頼んだ。

朝、二人がとても嬉しそうにサンタからの手紙を読んだと聞いた。私には直接言ってこなかったが(こういうときに厳しい父親の役割はつまらん)、妻にはサンタから手紙の返事を貰ったと目をきらきらと輝かせて、報告があったそうだ。
本当にあの日は幸せだった――。


「あのとき私たちが書いた手紙は今どこにあるのだろう? オスカルやアンドレの性格からいっても、捨てたり無くしたりすることはないと思うのだが。」
「二人の部屋からは、見つかっていません。あのときの二人が書いた手紙はあなたがお持ちですか?」
「ああ、・・・」
父はポケットから古びた手紙を出した。あのときの子供たちからサンタへ宛てた手紙だった。
「読むか?」
母は黙って受け取ると懐かしい手紙を読んだ。幼かった娘の姿が思い出されて、涙が溢れ、頬を滑り落ちて行く。
「こんな日もありました・・・。今はもう何も、・・・。明日はあの子の誕生日なのに、あの子がいない、あの子が。あなた、それなのに、どうして私はこうして変わらずにここにいて、・・・」
泣き崩れた妻を抱きしめると小さい声で言った。
「そうだ。もう私たちには何の希望も残っていない。それでも生きて行かなければならないのだ。」

二人はそのまま動くことも出来ずにかなりの時間をぼんやりと過ごした。
そんな二人に涙で喉を詰まらせながら、必死に話し掛けた者がいた。
「旦那様、奥様。申し訳ありません。」
そう言ったまま泣き続ける年若い侍女にレニエはやさしく聞いた。
「どうした、何があったのだ。」
「あの、あの私・・・ひっく・・・ひっく・・・」
母は侍女の手を取るとやさしく話し掛けた。
「落ち着いて、ね。ゆっくりでいいのですよ。訳を話してごらんなさい。」
彼女は夫人のやさしい笑顔に助けられ、涙を拭くと、ゆっくり話し始めた。
「はい、ありがとうございます、奥様。あの、昨年のクリスマスの夜にここを通りかかったとき、クリスマスツリーにステキな細工の銀の鍵が飾ってあるのを見つけたのです。私はどうしてもそれが欲しくて、それを自分の物にしてしまいました。誰かに咎められると、びくびくしていたのに、あの鍵が無くなったことは噂にもなりませんでした。あんなに高そうなものなのに、まるで最初からあそこにあったことを誰も知らなかったような感じでした。でも、クリスマスにそんな恐ろしいことをした私を神様はちゃんと見ていらっしゃったのです。今年はこのお屋敷に悲しいことばかり起きました。そしてこのクリスマスの寂しさといったら・・・。これも皆私がいけないのです。私が《サンタさんへ》と書かれているものを自分のものにしてしまったからなのです。」
そこまでなんとか口にすると打ちひしがれていた。
「その鍵とは?」
レニエの問いに侍女はおずおずとその鍵をポケットから取り出すと彼に渡した。

レニエはその鍵を受け取ると瞬時に顔色を変えた。
赤いリボンに《サンタさんへ》と書いたその筆跡は忘れもしない、愛する末娘のもの。そしてその鍵は、秘密の引出しのためのもの。その引出しの存在は私とオスカルしか知らない。

レニエは笑顔で、侍女に聞いた。
「この鍵は、どのようにあったのだ?」
「はい、ツリーのこの辺でしょうか。とても目立つように結んであったのです。」
「そうか、では昨年手に入る筈だったのだな。」
「旦那様、私は今日を限りにお暇を頂きます。本当に申し訳ございませんでした。」
「いや、いいのだ。こうして返してくれたのだし、クリスマスなのだから神様もお許しくださるだろう。お前さえよければ、このまま仕事を続けてくれ。」
「旦那様、よろしいのですか? ありがとうございます。」
「これ以上屋敷が寂しくなるのはかなわんからな。」

レニエは侍女を下がらせると、怪訝そうな顔をしている妻に向かって、ついて来るように言った。そして書斎へ行き、レニエは本棚から何冊かの本を抜き出すと、その本が入っていた本棚の奥の背板を横に滑らせた。その奥に二段の鍵付きの引出しが現れた。上の引出しはジャルジェ家の当主であるレニエ自身の引出しで、鍵はもちろん自分が持っている。そして、下段の引出し、ここは後継ぎであるオスカルのもので鍵は彼女だけが持っていた。オスカルが近衛連隊長に昇進したときに、後継ぎとして一人前だと認め、自分が贈ったものだった。それ以来見たことはなかったその鍵が、今また自分の手にあった。

そのとき広間の時計が12時を告げた。
ボーンボーンボーン・・・・・・

レニエは震える手で鍵を使い、引出しを開けた。
そこには赤いリボンで括られた、手紙があった。
あのとき自分たちが二人に宛てて書いた手紙が2通と新たにサンタへ宛てて書かれた手紙が2通入っていた。

昨年見つける筈だった手紙、1年間誰にもあることさえ気付かれなかった手紙が。

そのサンタへ宛てた手紙の封を開け、手紙を読んだ。

 

 

  

あの日のサンタさんへ


あの時は丁寧にお返事を頂き、ありがとうございました。先ほど久しぶりにあの時の手紙を読んで、あの日のサンタが父上だったと気が付きました。
父上がどんな顔であの手紙を書かれたのかと想像すると、楽しくてなりません。
親とはこうして子供のために無条件でサンタ役を引き受けてくださるのかと思い、胸が熱くなりました。

この秋は私にとってもいろいろな出来事がありました。自分の人生についていろいろ考えさせられることが多かったです。父上のお心には背いた形になってしまいましたが、自分で選んだ人生です。例え何が起ころうとも決して後悔することはないと思います。自由に生きることができた私は幸せでした。

サンタさんがまだ私の願い事を叶えて下さるのなら、私に勇気をお与え下さい。自分の本当の心に気がつくのが余りに遅かった不甲斐ない私に、長い間私だけを見つめ、守り続けてくれた人へ愛を告げる勇気を・・・。

いつか私が子供を持ったら、きっと私の愛する人はあなたのようにサンタ役を喜んで引き受けてくれるでしょう。そして私はそのサンタの隣で、母上のように微笑んでいたいと思います。

そのときには、父上にサンタのおじいちゃんとしてご登場願うことになります。
その日が遠くない事を願って――。


愛を込めて      
オスカル・フランソワより

 

 

 

 

 

                     

 

あの日のサンタさんへ

あの日からずいぶんと月日が経ちました。
でも、私の願いはあの時と変わってはいません。
すべての願いは彼女のために、
すべての幸せは彼女のために。
あなたの大事なひとを守るために、
私の命のある限り、これからもずっと、
彼女の側にただ存在することをお許しください。

あの日の母さんへ

オスカルとあなたの優しさに、幼い自分がどれだけ励まされ、勇気づけられたことでしょう。母さんに会いたくて泣きそうになったときに、あの手紙のお陰でどれだけ慰められたことでしょう。
本当にありがとうございました。


アンドレ・グランディエ

                     



「この手紙が今日手に入ったのも、神様のお計らいなのだろう。」
「とても素晴らしいクリスマスプレゼントでしたわ。あなた、あの子は勇気を持てたのでしょうか?」
「私たちの娘だ、大丈夫だろう。」
二人は見つめ合い、そしてにっこりと微笑んだ。


父は娘の引出しに最初の手紙も含め6通の手紙を入れ、鍵をかけた。
「この手紙は毎年クリスマスに取り出して読むことにしよう。」
「そうですね、あなた。毎年の楽しみになりました。」

父はクリスマスツリーの前に立つと、オスカルがしたようにその鍵つきの赤いリボンをしっかりと結んだ。

二人はほんの数時間前とはまるで違う暖かな気持ちで、クリスマスツリーを見つめることができた。

「今年も私たちに言わせてくれ・・・」、

オスカル、誕生日おめでとう
そして、愛し合う二人に

メリークリスマス

 

 

 

―FIN―