| 21世紀の初めに |
| はたして次には何が始まるのか 〜失われた10年をおえて〜 |
| 2000年の終わりごろから、マスメディアで騒がれた言葉に「失われた10年」と言う言葉がある。第二次世界大戦後めざましい復興、発展を遂げてきた日本経済並びに日本という国が勢いを失ったばかりか、バブル経済の崩壊以後具体的かつ効果的な政策をうてずに10年という無駄な時間を過ごしてしまった。 確かに、株価は安値をつけているし、失業率も高い。不景気風も勢いを増している感がある。政府の経済施策はあの大恐慌の時にアメリカの大統領がした教科書に載っているような古いもので、現状に合わない公共投資で具体的な効果を上げ切れてないように思われる。 人気作家の書いたバブルのころのお金で何が買えたかみたいな絵本が絵本が売れたり、生き方本ばかりが何十冊も出版されたりして、ベストセラーになったりしてる。人々が自分の生き方に疑問を感じたり迷っている証拠でもあるのかもしれない。 癒し系と呼ばれる女性アイドルや、ヒーリングミュージックと言われるようなCDが売れたりしてみんなが疲れているのかもしれない。 でもどうだろう?みんなそんなに日本人がだめなわけではないと思う。それに無駄に10年を過ごしたわけでも、10年を失ったわけでもないと思う。 日本人は古来より全力疾走しか知らない100メートルのスプリンターだったのだと思う。奇跡的な発展も開発も技術革新もそれによってもたらされたものだ。今、日本というシステムが長距離ランナーに変身している途中なのだと思う。それもどうしたらみんなで楽しく走れるようになるかを考えている孤独でないランナーに。この10年いろんなことを学んで脚質の変更には成功したと思う。あとは気持ちを前向きに走り出す気持ちになればOKである。 10年前で目新しいものだったものがみんなのものになっただけでも得たものがあったというものだ。 マスコミに踊らされてかわいそうぶって慰めてもらおうなんて後ろ向きな考えはやめよう。 何でもかんでもバブルの崩壊のせいや、無政策な政治のせいにするのもやめよう。 自分で自分のためになにか始めよう。最初はジョギングのようなスピードから。それが無理なら歩くことから。無理に全力疾走でなくてもいいんだ。 zoroは言いたい。 団塊の世代の人々へ、学生運動をしていたような世代の人々へ あのころの敗北感を引きずって、何も語らないようになったのが今の社会を生み出したのですよ。もう一度あのころの熱い思いを語りませんか?日本を発展させたエネルギーを見せてくれませんか?今犯罪を犯している若い世代はあなた達の子供の世代じゃありませんか?戦う人間の姿を見せてください。 新人類と呼ばれた僕と同じ世代の人々に われわれはみんなと同じになることを強要されてそれを実行してきた世代です。みんな自分の言葉でもっと自分のことを語り、行動しよう。怖がらずに一歩一歩自分を見つけて発信していこう。出る杭は打たれますが打たれても打たれても出てやろうじゃないか。相手が打ち疲れるまで。 僕らの情けない背中を見てしまって失望している若い世代へ みんなは表現の方法を知らないだけです。自己主張の表現を人を傷つけたり、自分を傷つけたりする事で満たさないでください。そしてその心のダイアモンドを磨いて僕らに見せてください。みんなで正しい評価を与えてあげよう。 僕はこれからの10年は大変革、大成功の10年になると思う。外見からではなく、内面から本当に誇れる自分になれる10年にしようと思う。 そして2010年はバラ色に輝くことだろう |
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