zoro、恐竜退治に行く
 それはあの日始まった。それは大雪の降り始めた1月も10日を過ぎたころの話である。
zoroはのんびりした日を送っていると、上司の部長が彼を呼び止めた。
「4月から12月の購入量の統計を出してくれ。それを元にして交渉にはいらなければならないから。」
彼はこともなげにそういうと、立ち去っていった。zoroは
「はい。」と答えたものの、ついに古代のデーターの魔界にはいらなければならない日が来たか、と
覚悟を決めたのだった
 実はこの仕事は、12月に前任者から引き受けた仕事だ。前任者はこの恐竜に関しては調教師と言っていいほど扱いがなれており、あっという間に手なずけてしまう。その前任者からレクチャーをうけていたとはいえzoroは実は実際にこの恐竜を退治したことはなかった。
zoroの胸の内は何か不安なものが渦巻いていた。
 この恐竜とzoroとの出会いはもう7〜8年前になる。そのころ彼は今とは別の病院にいた。電算化を進める病院連合会の本部はこのシステムを各病院に導入し、各病院から一名の代表者にアプリケーションの対策会議・講習を行っていた。
そのメンバーの中にzoroとその前任者の彼がいた。彼はその後、恐竜アプリケーションを調教し、zoroは平和になかで次第にその記憶を薄れさせていった。
ところが、その前任者が移動となり、zoroが新たに恐竜アプリケーションのハンターに任命されたのであった。
その恐竜アプリケーションの名はNECの表計算ソフトLANPLANシリーズである。このソフトの恐竜たるゆえんは、何とウインドウズでは動かないどころか、今や知る人も少ないMS−DOSでもないのである。となるとFDのフォーマットから違ってくる。
そして、もう一つはの困難は日中の病院のシステムの裏側に潜み、普段の診療時間は使えないことだ。つまり退治は夕方からになってしまう。
 第1回退治は1月16日の夕方5時から行われ。zoroが手にしている武器は、FDが4枚とメモの走り書きだけだった。zoroは早速FDをそれ用のフォーマットを行い端末にのぞみ、データーを落としはじめる。
全館の暖房が切れて気温が下がっていく。かじかんでくる手、ぼけはじめる頭。
データーの半分を落としたころ、フォーマット済みFDの在庫がなくなった。FDの支援を求めるも孤立無援のzoro。肩を落としてリベンジを誓って端末の前を去っていくのであった。結局この日のアタックはそれで終了してしまった。夜8時、大雪の中病院をあとにしていくのであった
 第2回目のアタック1月17日、はFD7枚を用意し万全の準備。、データーを落としも終わり、そのFD(結局は5枚)を持って、PC(データー変換用のMS−dosマシーン)の前に座り、5枚のデーターを今度はロータス1−2−3に変換してその日の作業は終了した。
その日は勝利の美酒に用意しれて病院の研究室でほくそ笑むzoroであった。
ところが、次の段階で1−2−3データーをエクセルで読み込むとデーターの一部がない。冷や汗をかくzoro。結局、恐竜に退治されたのはzoroの方であった。この日も外は大雪である。病院をあとにしたのは夜8時を回っていた。
 あとで発覚したことだが、変換もミスがありまったくデーターも使い物にならなかった。そこで第3回のアタックは1月18日すべてもこともなく終了し、今はエクセルでデーターを整理している。5枚あったデーターも1枚のFDに収まるくらい少なくなり、戦いの日日も遠い昔のように感じる。
 この恐竜退治でzoroが収穫したことと言えばやっぱり、ステムに値切ったらいかんと言うことだ。あとでわかったことだが、もう少し予算があればLANPLANではなくてロータス1−2−3が最初から導入されていたらしい。噂でしかないが・・・。たいがいの仕事はそのあとの業務上役に立つことがほとんどだがこれだけは役に立つことはないだろう。老人と海のラストシーンで主人公の老人はライオンの夢を見ていたらしいが、zoroはLANPLANの数字に押しつぶされる夢を見たのは間違いなかった。
ありふれた日常のトップページに
トップページに