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| 人気者と人気者 | ||
| 「みなさんは、人に好かれるってどういうことか考えたことがありますか?」 また、 「自分は人気者だと思いますか?」 人に好かれると言うことを考えるとなかなか頭の痛い問題である。誰しも周りの人と上手くやりたいと思っているし、話題の中心になっていたいだろう。理想を言えば、どんな場所(たとえば、レストランや教室、また職場など)でも他の他人が席を空けて手招きしてくれる、そして笑いながら楽しい時間を過ごすのがそんなおとぎ話を信じたくなるものだ。 でも、現実はそんなに甘くなくて、夢のようなおとぎ話は落ちていないものである。 それでは人気についてゾロなりのぼやきを言うと本能的な人気(フェロモンといっても良い)とテクニック的な人気者があるであろう。簡単にたとえるとそれは二枚目俳優のような引きつける力とお笑いのようななにかすることによって人がよってくるものだ。 前者の例を挙げればたとえば木村拓哉はどうだろうか? 彼は特別知性を感じさせる話をするわけでもないし(はっきり言って話はつまらない)、俳優としても演技力があるわけでもないし、そんなに情熱を感じるわけでもない。というのも「君を忘れない」と言う映画では長髪の戦闘機乗り(特攻隊員)を演じていた。監督も要求しない方もどうかと思うが、いくら終戦間近そんな軍人はいないだろう。彼は役作りをしなかったと言うことだ。しかし、彼は抱かれたい男性のトップランクである。 つまるところ彼には雰囲気といわれる人を引きつけるものがあるということだ。その人を引きつけるものこそが彼のすべてでそのほかは何とも空っぽの人間なのではないだろうか。 彼の若いころはぎらぎらするものがあったのだが・・・・。今の彼には感じられないことが哀しいとしか言いようがない。 しかしこのタイプはその雰囲気にみんなが奉仕していくような人気者なのでそのうちには高飛車な態度になるような人が多い。そして人が自然と離れていくことになる。 それでは後者の代表は明石家さんまなんかはどうだろうか。? 彼には特別の雰囲気はない。ただ黙っていれば容姿も良くないただのおじさんでしかないだろう。 しかし彼には技術がある。ただ話すと人をそのトークの世界に引き込んでいく。そして話題の中心になっていく。そして人に楽しい時間を与えていく。彼のテレビ番組には時間を忘れさせる魔力がある。だだ、内容が軽くてその時間は人生のためにはならないかもしれない。総じてお笑いと呼ばれるものはそうかもしれない。 このタイプはそのうちにはなにかやって注目を浴びてないと、きっと寂しくて死んでしまうような気持ちになって自分を追い込んでいくに違いない。 どちらも天賦のものであって、後天的なものでもある。前者の才能も後者の技術もどんな人間にも遺伝子の中に組み込まれて生まれてきたんだと思う。そして人気者のそのものが自身を追いつめていくなんて哀しすぎないか?人が人として他の人を引きつけるということを考えずに自分の生きる軸を見つけたときにその人の魅力になって、「笑顔がいいねなんて」言われようになるのだろう。 でも、木村拓哉の雰囲気と明石家さんまのトークの両方を望むのはわがままでしょうか? |
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