理由のわからない囚人
                             
 「あ〜あ。夏はひまなんだよね。昼は長いし。仕事はおやすみ。どちらかといえば忙しい方がいいな。
貧乏性なのかもね。」
ひとりの白い髪に白く長いあごひげを蓄えたおじいさんのつぶやきが聞こえてきました。ここはフィンランドの緑の森のずーとずーと奥にあるサンタのおじいさんとその家族がトナカイと暮らす小さな村です。さわやかな風が森の木々の間を駆け抜け、小鳥たちが遊びながら、歌を歌って飛び回っています。
おじいさんはロッキングチェアーに深く腰を下ろし、パイプを吹かしながら去年のクリスマスの時の子供たちの笑顔を集めたアルバムを見ながら思い出に耽っていました。すると
「おやじはのんきでいいな〜」
という息子サンタの声がしました。息子サンタはまだサンタになって3年目。見習いです。
「夏はな〜、こうやってのんびり冬に備えるもんだ。これがサンタの仕事だよ。」
とおじいさんサンタは言い聞かせるよう息子に言いました。
「若いときは、なにかと急ぎたがる。それでは大事なときに目標を見失うぞ。」
まるでおじいさんは学校の校長先生のようです。
「だからおやじはのんきなんだよ。ちょっとこっちに来て見ろよ。」
といいながら息子サンタは、おじいさんの手を引いたまま、手紙置き場に歩き始めました。おじいさんもちょっと息を切らしながら、ゆっくりと息子についていきました。
 手紙置き場は世界中の子供たちからのサンタへの手紙を保管している大事な役所です。普段ならまだ夏のこの季節には、手紙もとどかずにのんびりしたものなのですが、今年は違っていました。手紙置き場の係りのトナカイは困った顔をしています。来ている手紙はたった2通。なのにどうしてなのでしょう。
「神様のご命令だからまた燃やししてしまおう。しかたない。でもこれで79日間毎日来るんだから。ちょっとかわいそうになるよね。」
栗毛色のトナカイが言いました。なんかちょっと哀しそうです。
「でも、神様の命令だし、逆らうとどんな罰があるかわからないし、サンタじいさんにしれたらまた騒ぎになるからわからないように燃やしちゃおうよ。」
鹿毛色のトナカイが首をすくめながら言いました。
「騒ぎになるとは何をいっとるんじゃ。ちょっとわしに見せてみんかい。」
おじいさんの白いしわだらけの顔がちょっと赤くなって、プンプンです。
栗毛色のトナカイが困ったような顔をして、渋々と手紙をおじいさんに渡しました。
一通は病気の少年からで
サンタのおじいさんへ
僕は毎日外ばかり見ています。それは病気だからです。
今年のクリスマスには雪の降る中をサンタさんのソリで
走り回りたいです。
どうか望みを叶えてください
ヨロシクお願いします
聖人


もう一通はその少年のお父さんからで
前略
無理を承知でお願いしています。息子の病気は誰もなをすことができない病気で
今年のクリスマスまで生きていられそうにありません。
私の命を差し上げる変わりに息子の願いを叶えてください
本当にお願いします。


この内容の手紙がもう79日間毎日届けられているのでした。
 それを見たおじいさんは、いっそう顔を真っ赤にして
「なぜ、早くわしに見せなかったんじゃ。おまえも、トナカイたちもわしに隠し事をしおって。」
と怒鳴ってあし踏みをドンドンとしました。その音が森中に響き渡るほどでした。息子はなだめるように
「おやじ、怒ってもどうにもならないだろ。俺たちは何もできないんだから。」
と言って、怒りとあきらめの混じったようなため息をつきました。
「本当に騒ぎになりそうだな。神様の怒りを買わなきゃいいけど。」
栗毛色と鹿毛色の2匹のトナカイが心配そうに言って仕事に戻っていきました。
おじいさんは怒りがまだ収まらないような気持ちでいましたが、息子に連れられて家に戻っていきました。

                          2
 次の日のことです。サンタのおじいさんは、着替えていました。グレーの仕立ての良さそうなスーツに山高帽という出で立ちです。それを見かけた息子は
「着替えて何しようってんだよ。いい年して遊びに行くのか?」
息子はちょっと怒りながら言い放ちました。
「何を言っとる。おまえも着替えるんじゃ。そしておまえのバカぱやい自慢のスポーツカーであの『聖人』という少年の家まで連れって行くんじゃ。」
とおじいさんは厳しい口調で言いました。息子は急いで革のジャンパーと革のパンツというスタイルに着替えると光の速さの100分の1で走れるという自慢のスポーツカーにおじいさんを乗せると聖人少年の家まで走りました。
 少年の家にスポーツカーが着いたころにはもう日が傾いていました。おじいさんと息子がちょっと離れたところでスポーツカーを降りて、少年の家に近づいていくように歩いているとがらの悪そうな3人組の男が
「もう期限がすぎてんだからな。いい加減お金を返しなよ。また来るからな。」
と言いました。3人組は立ち去っていきます。すると気の弱そうなお父さん風の男が
「すいません。すいません。」
と言いながら地面に頭をこすりつけて謝っていました。
「お父さん、ごめんね。僕が病気でなければお父さんも働きにいけるのに。」
青白い顔をしたソプラノの声で弱々しく話す声がします。聖人少年です。たどたどしい足取りで玄関まででてきた少年に、父親はただ抱きしめていました。その頬には涙が流れていました。
「すいませんが、水をいっぱいもらえませんか?のどが渇いたもので」
おじいさんが少年に話しかけました。少年はゆっくり歩いてコップ一杯の水を持ってきてくれました。
「いいよ。これ」
その水からはきらきらと光があふれ、渡す少年の笑顔は天使のようです。おじいさんは
「お礼になにかプレゼントしたいのだけども。何がいい?」
と少年の目の高さまで大きい体でひざまずくと聞きました。すると少年は
「何もいらないよ。だってクリスマスにはサンタさんのソリで雪の中を飛び回るんだもん。でも知ってるんだ、もうすぐ僕は天国に行かなきゃならないってことを。だからクリスマスには間に合わないからサンタさんに毎日手紙を書いてるんだけど・・・」
少年は天使のように微笑むと、熱が高くなったのかその場に倒れてしまいました。
おじいさんは、優しく少年を抱きかかえベットに寝かせると。父親に水のお礼を言ってその場を離れました。息子もおじいさんも帰りのスポーツカーの中では何も言えませんでした。どんよりとした冬の空のような気持ちで黙っていました。おじいさんは
「この国の空気は、汚いな。夕日までもゆがんで赤さえもくすんでいる。」
と一言言い放つとまた黙ってしまいました。スポーツカーは光に100分の1のスピードで悲鳴を上げるように滑っていきました。

                            
 聖人少年の家に行ったその日の夜のことです。息子は赤と白のサンタの衣装を来てフィンランドの森の中の家の玄関からでようとしていました。赤と白の衣装は神様からクリスマスの時しか着てはいけないと言われています。その衣装を着るだけで神様から厳しい罰を受けてしまいます。
「どうしても行くのか?」
おじいさんです。
「まあ、一杯コーヒーでも飲んでいけ。親子の最後の話になるかもしれないからな。」
おじいさんは息子にコーヒーを差し出しました。息子は黙ってうなずくとコーヒーを受け取り一口飲みました。すると
「おやじ、やりやがったな。」
と途切れながら言うとその場に倒れてしまいました。おじいさんはこうなることを予想してコーヒーに眠り薬をいれていたのです。
「年をとっても若くてもあわてると判断を誤るものだ」
と言うと、おじいさんは赤と白のサンタの衣装を着て、玄関からでていきました。
静かに静かに森の中を聖人少年の家に向かって歩き始めました。その歩みはとてもゆっくりです。
「そんなんじゃいつまでたっても少年の家に着きませんよ。」
栗毛色のトナカイです。その隣では二頭引きのソリを用意した鹿毛色のトナカイもいます。
「雪の中駆け抜けるのなら僕たちも気合いをいらなきゃ。」
鹿毛色のトナカイが武者震いしながら言いました。
「おまえたち、神様に罰せられるんだぞ。おまえたちには迷惑がかけられない。もう返りなさい。今なら間に合う。うれしいが気持ちだけ受け取っていくよ。」
おじいさんは厳しい口調で言い聞かせました。すると二頭のトナカイは口をそろえて
「僕たちはサンタのトナカイに世界中のトナカイ仲間の中から選ばれたときにどんなことがあっても、サンタに着いていくと決めたんです。ましてや天使のような少年のためなら。もう帰りませんよ。」
と言ってにやりと笑いました。
「おまえたち本当にありがとう」
おじいさんは思わず涙ぐんでしまいました。
「さあ行きましょう。」
トナカイたちはそういうと鼻に赤いキャップをつけて走り出しました。赤い鼻キャップをつけるとトナカイはスピードと力が10倍になるのです。
 ソリがドンドンスピードを上げて空を駆け抜けていきます。星空が後ろに流れて、いつもと違う夏の風が頬をなでていきます。
 ソリが少年の国に近づいてきたときなにやらものすごいスピードで黒い雲が後ろからサンタたちを襲ってきました。トナカイたちがいっそうスピードを上げて逃げていきます。
それでも黒い雲が襲ってきます。なおもソリが逃げるとピカッと光りました。雷です。ソリの隣を通りぬけていきました。神様の雷です。もう一度ピッカッと光り、今度はソリを直撃しました。さすがの赤鼻キャップのトナカイも止まってしまいました。黄金のペガサスにひかれた馬車に乗った神様がソリの前を遮るようにして止まりました。
「サンタよ、もう帰りなさい。今なら見逃してあげます。トナカイたちよ、フィンランドに戻るのです。」
神様が威厳のある声で言いました。そして優しい眼差しでひとりと2匹を見つめました。
「いやです。もし帰れと言うのならあの少年の命に奇跡を起こしてクリスマスまで生かしておいてください。そんなこと神様なら簡単なことでしょう。」
と言うと、サンタはトナカイに進むように言いました。またピカッと光って雷がソリを打ちました。ソリがぐらっと揺れました。
「なんでその奇跡がだめなんです。神様ができないのなら私が行くだけです。罰はもとより覚悟の上です。」
傾いたソリを立て直しながらサンタは、神様に向かって言い放ちました。
「それは、あの少年はもうすぐ天国で天使になる運命なのです。これは天国の神様の神様が決めたことで私にも逆らえないことなのです。」
神様は哀しそうな顔で哀しそうな声で言いました。神様の神様はサンタのおじいさんですら会ったことのないような偉い神様で誰も逆らえないのです。
「それじゃあ、神様の神様の勝手な理由であの少年のお願いを奪ってしまうのですか?私はもうずーと長いこと神様に与えられた任務としてサンタをして、そのサンタに喜びを感じてきました。子供たちの笑顔に会うたびに踊ってしまうほどうれしかったのです。でもどうでしょう神様の神様の勝手な理由で子供たちから笑顔を奪うのならばサンタをいている意味がない。この世界からサンタはいらないでしょう。」
サンタのおじいさんは神様に力一杯訴えました。
「サンタ、忘れてはいけません。クリスマスに間に合わない子供はあの子だけではないですよ。」
神様が一言言いました。サンタのおじいさんは黙ってしまいました。ほんとうにほんとうにそうなんです。サンタのおじいさんは、サンタとしてひとりだけをえこひいきしてることに気がつきました。
「サンタよ、よく聞きなさい。私はこれから3時間だけ後ろを向きます。その間に起こったことは私は何も知らないことです。そしてこの世界にも何もなかったことです。そしてすべてが終わったあとこの世界に生きてるすべての生き物の記憶を消します。二回と言いません。わかりましたか。そしてサンタ、あなたにはこの罰を受けてもらいます。いいですね。」
と言い終わらないうちに神様は後ろを向きました。黒い雲が晴れて星空が戻っています。
「ありがとうございます。どんな罰でも受けます、神様。」
サンタは神様にお礼を言うと、神様は
「早く行きなさい。時間がありませんよ。」
神様は念を押しました。するとソリはスピードを上げて少年の家に滑っていきました。
「それじゃ、ここで神様の神様に怒られるとしますか。」
神様はすがすがしい困った顔で後ろを向いてウィンクしました。

                            
 ソリはものすごいスピードで少年の家の前に滑り込みました。少年の家の前には借金取りの3人組がお父さんを問いただしていました。
「もう待てねーんだよ。今日の12:00までに耳をそろえて返してもらうぜ。」
すごい顔して3人組のリーダーがにらみました。
「すいません、もう少しまってください。」
お父さんは必死に頼んでいます。そこにサンタのおじいさんは到着したのです。
「3人組、ちょっといいかな。」
サンタのおじいさんは3人組の額に人差し指でおまじないをかけました。するとどうでしょう。
3人組からは厳しい恐い顔が解けて笑顔になっていました。そして両手にすずを持っています。
「じゃあすずの方ヨロシクな。これでクリスマス気分だな。」
おじいさんが言い終わると3人組が鈴をしゃんしゃんと鳴らしはじめました。
「メリークリスマス。ちと早いが、ハッピークリスマス、聖人君。」
おじいさんは満面の笑みをたたえて家に入っていきました。少年はベットから飛び起きると
「ホントにサンタのおじいさん?まだクリスマスじゃないよ。」
と疑いながら言いました。
「ああ。ソリもトナカイも来てるよ。毎日手紙をくれたからちと早いが飛んできたんだよ。」
サンタのおじいさんは外を指さしながら言いました。そしてサンタは少年を抱えてそりに乗せると
「3人組よ、帰ってくるころにはもう借金のことはぜーんぶ忘れるんじゃぞ。トナカイよ、雪のあるところまでひとっ飛びだ。」
サンタのおじいさんはトナカイに命令しました。
「わかりました。」
トナカイはそういいやいなや、飛び立ちました。
ソリはスピードを上げていきます。星空の中を滑っていきます。
「わー、すごい街があんなにちっちゃくなったよ。星に手が届きそうだよ。」
少年は大喜びです。ソリの上で今にも踊り出しそうです。
「あんまりはしゃいで落ちるなよ。もうすぐ雪の高原だよ。」
星が流れていきます。街の明かりが遠くなっていきます。海の上で海面ぎりぎりに飛ぶとクジラといるかがあいさつしてくれました。少年は全身で風を受けるように大きく息を吸いました。夏の暖かい風が少しずつ冷たくなってきて雪の高原が近づいてきました。
「寒くないかい。これを着な。」
サンタのおじさんが少年を気遣いながら赤と白のダウンジャケットを着せてくれました。
「ありがとう。」
少年は目を輝かせて言いました。雪です。粉のようなさらさらした雪です。星くずのように右に左に上にしたに舞っています。
「わーい、雪だ。本物の雪だ。初めてみるんだ」
少年は大喜びでソリの上ではしゃぎ廻りました。ソリはスピードを落とし高度を下げて、雪の中を駆け抜けました。雪の高原を15回駆け抜けたころ、
「そろそろ時間が」
トナカイが言いました。どこか哀しげです。
「そうじゃな。もう残念だけど帰ろうか?聖人君」
サンタのおじいさんも哀しげですが、優しい微笑みで少年に言いました。
「うん。もう十分だよ。」
少年はうなずきました。ソリは星空の中を泳ぐようにゆっくり落としたスピードで少年の家に帰ってきました。サンタのおじいさんは少年に
「どんなことがあっても真っ直ぐの心を忘れないでね。」
と言いながら少年を父親に渡しました。そしてソリは神様の待っている場所に帰っていきました。何度も何度もお辞儀をしてお礼を言う父親がだんだん小さくなっていきました。

                            
 神様は約束の時間になるとこの世の中に生きているすべての生き物の記憶を消してしまいました。そして何事もなかったかのように栗毛色のトナカイも鹿毛色のトナカイもサンタの息子も生活していました。フィンランドの森も夏のさわやかな風が吹き抜け、小鳥たちが歌っていました。
 サンタのおじいさんだけは何も忘れていませんでした。少年のことも自分の罪も。でもなんとなくさわやかなすがすがしい気持ちでいました。二つ並んだロッキングチェアーの一つのサンタのおじいさんがもう一つには神様が座っていました。
「サンタよ、少年がどうなったか知りたくないかい?」
神様が訪ねました。サンタのおじいさんはうなずくと、神様は持っていた手鏡に少年の部屋を映し出しました。
「お父さん、僕ねサンタのおじいさんと一緒に雪の中を飛んだんだよ。クジラやいるかとも一緒に遊んだんだよ。とっても楽しかった。ホントだよ。」
少年が言いました。熱は高くて、命の火はもう消えそうです。
「わかったよ。」
父親は優しくうなづきましたが、この子は熱でもううなされているんだと思いました。
やがて少年の命の火が消えていきました。すると窓から光が差してきて少年を包みました。天使の階段です。少年の心は天使に包まれて天国に登っていきました。そうです、神様は少年の記憶だけは消さずに残しておいたのです。
「神様、ありがとうございました。」
手鏡から顔を上げたサンタのおじさんは、心からお礼を言いました。その笑顔は誰も今まで見たことのないほど優しいものでした。
「じゃあ行こうか。おまえさんは天国で記憶を消して監獄に入ってもらうよ。」
神様はそういうと持っていた杖をくるりと回しました。するとサンタのおじさんの姿は消え天国の監獄に入っていきました。

 「この、おじいさんの囚人、何をしてここにいるんだ。」
看守は、首を傾げています。誰に聞いてもその答えを知っているものはいませんでした。
監獄の中にはロッキングチェアーに揺られて穏やかに笑みを浮かべた白いひげのおじいさんが時々居眠りをしながらたたずんでいます。
時々、ひとりの天使がきれいなソプラノの声でおじいさんに歌を聴かせているそうです。

(おわり)



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