ラオス・カンボジア
子供とHearts and mindsを最初の1965年からやるフルゲームでやりました。今回も子供が米・政府、私が北・ベトコンです。
まず65年はどちらもキャンペーンを選択せず。北・ベトコンは、国境沿いからベトコンと北ベトナム軍が別々の場所へ効率的に侵攻でき、政府軍の反撃にもベトコンの待ち伏せ・回避がうまく行って、支配エリアは2増の12となり、損害も政府軍の方が多くなります。その結果北はノルマより2多くのダヴを稼ぎます。
66年、北・ベトコンは中央でイア・ドランキャンペーン、米・政府はメコンでシーロード作戦を発動。シーロード作戦は全てのターンでホークを稼ぎ、北・ベトコンは支配エリアを1つ減らされて、結局3ホークの互角に押し戻されます。ただ政府側の安定化地域は2つにとどまります。
67年、北・ベトコンはケサンキャンペーンを発動しますが、政府軍が北部にばらまかれていて全く成果が上がりません。北・ベトコンは支配を1増やして、なんとかノルマ通りの0ホークとするものの、その間に米・政府は安定化地域を4に増やしてきました。またラオスにリマサイトが置かれ、北部やラオスでの空爆が強化されます。
68年はテト攻勢ですが、米・政府も北部にスターライト作戦をぶつけてきます。米・政府はスターライト作戦でホークを稼ぐものの、北・ベトコンは最強のグエン・ギャップ将軍も投入して、中央・サイゴン近郊でテト攻勢の戦意獲得条件エリアを多く獲得し、支配エリアも2つ増やして14にもなり、大量10ダヴの獲得でノルマを4も上回りました。ただそれと引き換えに、米・政府軍10個の損害に対し、北・ベトコンの損害は14にも上り、予備資源も使い尽くしてしまいます。またリマサイトもまだ倒せていません。

69年、どちらも成果の上がりそうな地域が残っていないので、キャンペーンの選択は無し。4部隊がデッドプールに残ったままの北は、ようやくリマサイトを破壊したかと思ったら、米軍はコマンドハント作戦とBUFF(B-52のこと)で今まで以上の猛爆。これにより北・ベトコンはこの年また9もの損害を受けてしまいます。
しかし北はここで秘策キャンペーン�召鯣�動。大軍をカンボジアに送り、カンボジア全土に展開します。このカードはカンボジア政府軍を1ターンで全滅させると2ダヴを稼げるカードですが、以前使ったときは回避されてうまく行きませんでした。しかし考えてみるとカンボジア全土を埋め尽くしてから攻撃すれば、政府軍は逃げられません。多くの兵力とアクションを消費しますが、その分成果は大きいです。この作戦は成功し、北・ベトコンは7ダヴを獲得して、さらに2ダヴ有利となります。

70年もやはりキャンペーンは無し。前のターンに資源を残してなんとかデッドプールを3まで減らした北・ベトコンは、ここでさらにシークレットウォーを引いてきます。これはキャンペーン�召離薀�ス版。北ベトナム軍今度はラオス全土を制圧し、ラオス政府軍を屈服させます。米・政府軍はこれを埋め合わせようと南ベトナム内で攻撃を繰り返しますが、南ベトナム内の北支配地域には皆守備隊がいて、なかなかはかどりません。結局北・ベトコンにはまた11もの大損害を与えたものの、北支配エリアは1減って12になっただけでした。
そして年末の戦意計算。ここで米・政府はやりすぎていて、ラオスとベトナム政府両方を維持できる資源が残っていなかったことが判明。結局ラオス政府が崩壊し、これで戦意が振り切って北・ベトコンの勝利となりました。
北・ベトコンがラオス・カンボジア作戦を研究していたところにカードがタイミング良く来て、米・政府には対抗カードが来なかったのが勝負を決めました。また米・政府の空爆や攻撃が効果的で北ベトナム軍の損害は嵩んでいましたが、その分テト攻勢で多く戦意を稼げていたのも北・ベトコンの勝利に貢献しました。
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