3
それから3日間、SUGIZOは俺の部屋にいた。
正確には、俺がSUGIZOを部屋から出さなかった。出られないようにした。
気が向いたら抱いて、疲れたら抱きしめたまま眠って。
SUGIZOは、バスルームかトイレに行く時以外、ベッドルームから出ることができなかった。それだけの体力を、俺が残してやらなかった。
SUGIZOが望んだことじゃなかった。俺が、自分だけの意志でやったこと。
SUGIZOがカラダを繋げるのを望んだのは最初の一回だけで、あとは徹底して嫌がった。俺はそれを無視して、SUGIZOを抱き続けた。
一度、カラダを繋げた後、シャワーを浴びに行ったSUGIZOを追いかけていって、そこでもう一度抱こうとしたことがあった。
頭から熱いシャワーを浴びてたSUGIZOは、怯えた目で、それでも必死に俺を睨みつけた。
「ここでまでヤるんだったら、舌噛んで死ぬからな、俺!」
SUGIZOが、そう叫んだから。
ぼろぼろ泣きながら、そう叫んだから。
だからそれ以来、バスルームまでSUGIZOを追いかけることはしなかった。
俺の狙いは、SUGIZOを追い詰めることじゃなかったから。逃げ場を失くしたSUGIZOに、「終わり」を選ばせることじゃなかったから。
追い詰めることじゃなくて、ただ。
「……早く気づけよ、バカ……」
SUGIZOをここへ連れてきて4日目の夜。SUGIZOがシャワーを浴びに行った後、乱れたベッドを整え直した俺は、煙草をくわえてベッドの端に座って、溜息混じりに呟いた。
……気づかせたいだけなんだ。
カラダだけの、それも一方的な関係なんて、歪んでるんだってことを。
そんなこと続けなくても、立ち直るきっかけさえつかんでしまえば、SUGIZOはちゃんと走っていけるヤツなんだってことを。
気づかせてやりたいだけで。
……気づいてほしいだけで。
はっきりしない気分のままに煙草をもみ消したところで、SUGIZOが戻って来た。
どけ、と言われるより先にベッドから立ち上がって、SUGIZOに場を譲ってやる。これで俺がシャワー浴びて戻ってくる頃には、SUGIZOはもう眠りに落ちている。それがこの4日間の、俺たちのサイクルになってた。
「……J。ちょっと待った」
俺がベッドルームのドアノブに手をかけたところで、後ろからSUGIZOの声。
SUGIZOをバスルームまで追ったのは一昨日の朝方。このサイクルを俺が崩したのは、それ一回だけだった。
今度はSUGIZOが、そのサイクルを崩した。このタイミングで呼び止められるどころか、声をかけられるのさえ初めてだった。
俺はおとなしく立ち止まって振り返った。視線の先に、ベッドの真ん中で胡坐をかいたSUGIZOの、曇った瞳がある。
「……なに?」
「……オマエ……俺に、なにをさせたいわけ?」
曇った瞳をそれでも俺の目からそらさずに、SUGIZOはそう言った。
「……なにも」
「嘘だ」
この部屋に来て、最初に俺を誘った時以来見せなかった笑みが、SUGIZOの顔に浮かんだ。
瞳は曇ったまま、虚ろに笑う。
……すべてを、諦めたように。
その笑みで、俺の言葉を真っ向から否定する。
「嘘だな。オマエ、絶対俺になんかさせたいんだよ。INORANほどじゃないけどさ、それでも付き合い長いもん、そのくらいわかるよ。でもさ、オマエがなに考えてんのかまではわからない……オマエは俺に、なにをさせたいんだよ?」
なにもかもを知っているような顔で、肝心のところがわからないと、笑いながら言う。
そんなSUGIZOを見ていたくなくて、俺は黙ってベッドルームを出た。
答えたところで、SUGIZOが「ああ、そうですか」って気づいてくれるわけじゃない。気づいたフリで、この部屋を出て行くのがオチだろうから。
シャワーを浴びてベッドルームに戻った。正確には、その手前まで。
「……SUGIZO。なにしてんだよ、開けろよ」
室内に向かって、少し大きめの声で言う。返事はない。
体重をかけて力任せにドアを押し開けようとしても、わずかに動くだけで、すぐにドアが悲鳴を上げる。
「SUGIZO。開けろって」
中でなにかをバリケードにしてるらしい。ベッドは俺でも一人じゃ動かせないくらい重いから、ベッドをドアの前に持ってきたってことはないだろうけど……なにでドアを塞いでるんだかわからない。
それでも、もう一度全身の体重をかけてドアを押したら、その向こうにあるモノが動いた。拍子抜けするくらいあっけなく、ドアを塞ぐ形でかけられていた重さが、失くなった。
「……SUGIZO?」
無理な力をかけなくても簡単に開いたドアをくぐって、室内をのぞき込んだ俺の目に映ったのは、SUGIZOの背中だった。俺に背を向けてベッドサイドまで歩いて振り向くと、そのままベッドに寄りかかって座って、膝を抱えた。
たぶん、ドア越しに存在してた重みは、SUGIZO自身だったんだろう。
「SUGIZO? どした?」
その隣まで行って、俺の方はベッドに腰かけて、まだ湿ったままのSUGIZOの髪を撫でてやった。
SUGIZOが、叱られて部屋にこもって泣いてるコドモみたいに見えたから。
「……なんでもない……」
しばらく待って、ようやく聞こえてきた言葉は、そんなもので。
「……嘘だ」
さっきのSUGIZOと同じ言葉を返してやった。SUGIZOみたいに笑うことはしなかったけど。
「嘘だな。オマエは、俺がオマエになんかさせたがってるって言うけど、オマエはオマエで、俺になんかさせたいんだろ? 俺もそこまではわかるよ。だけど、オマエが俺になにをさせたいのか、そこまではわからない……オマエは俺になにをさせたいんだ?」
同じような言葉を返してやる。
本当は、多少の見当はついてるけど。だけど、言わない。
これ以上のことは言ってやらない。
SUGIZOが、自分で気づいて自分で言い出すのを待つつもりだった。
……SUGIZOは、なにも答えない。顔を上げることもしない。
「……黙ってたってわかんねぇじゃん」
「……オマエだって黙ってた……」
しばらくしてSUGIZOが、そう答えた。
その通りだから、俺もなにも言えなかった。
ただ。
「……っおい! なに……っ!」
「うるせーよ」
突然のことに慌てるSUGIZOを、俺は軽々と抱き上げてベッドに放り投げた。SUGIZOが起き上がるより前に、その細いカラダを組み敷いて、逃げ場を奪ってやる。
「なにすんだよ、放せ、バカ!」
「べつに俺をどう罵ろうといいけどさ、ちょっと黙れよ」
まだ暴れてるSUGIZOに、いきなり深くキスしてやった。なんとか俺を突き放そうとする腕を捕らえて、きつく握りしめて動きを封じて。そのまま、SUGIZOが抵抗をやめるまで、何度も何度もキスした。
ようやく唇を解放して、間近からSUGIZOの顔を見下ろす。
「オマエはなんのためにここへ来たんだよ? 突き放してほしかったんだろ? 突き放して、けど抱きしめてほしかったんだろ?」
目を伏せたまま辛そうに喘ぐSUGIZOの肩を力任せに押さえつけて、バスローブの中に手を滑り込ませた。
これ以上ないほど過敏に反応したカラダを押さえ込んで、笑いながら言ってやる。
「……オマエがしてほしかったこと、全部してやるよ」
笑いながら、なんとか抵抗しようとするSUGIZOのカラダをねじ伏せて、バスローブを剥ぎ取った。
残酷な気持ちしか、なかった。
なにか喚いてるSUGIZOの姿に、なんの感情も湧かなかった。
そんなことしてて自分が楽しいわけでもないのに、俺はずっと笑ったまま、SUGIZOを犯した。
ただ、強制的に追い上げた最後の瞬間、きつく閉じられていたSUGIZOの瞼から零れ落ちた涙だけが、俺の記憶に焼き付けられた。
その雫はひどく、綺麗に見えた。
俺の汚れた部分を嘲笑ってるように見えて、ひどく、綺麗だった。
「そんなに嫌だって言うなら……逃げないで、抗ってみせろよ……」
気を失ったSUGIZOのカラダを、それでも離さないで押さえ込んだまま、俺は呟いた。
この部屋に鍵をかけて、本当にSUGIZOを閉じ込めてるわけじゃない。SUGIZOを置いて外に出ることだってある。
その間に、ここから出て行けばいい。簡単なことだ。
けど、SUGIZOが「逃げる」なら、俺はどこまでも追いかけて、捕まえる。
逃がしてなんかやらない。
SUGIZOが「逃げる」んじゃなくて、「出て行く」なら。俺はこれ以上、こんな形でSUGIZOに関わることはない。
この部屋は最初から、SUGIZOにとって避難所でもなんでもなかったはずだ。
受け入れてくれる場所じゃなくて、突き放してほしくて来たはずの部屋。
SUGIZOがこの部屋で俺にこれ以上なにを求めてるかなんて、そんなことはどうでもいい。
SUGIZOの気持ちが大事なんじゃない。どんな気持ちを抱いてようと、それが行動に表れなきゃ意味がない。
俺の望む形でSUGIZOが動き出すまで、俺はきっと何度でも、SUGIZOを犯すんだろう。
そうすることが楽しいわけでもなんでもなくて、けれど俺はそうすることだけを選ぶんだろう。
他人事みたいにそんなことを考えながら、SUGIZOの顔をのぞき込む。
綺麗な、だけど決して安らかじゃないその寝顔に、最初にここへ来た時みたいな影の薄さはなぜか、なかった。
SUGIZOをここへ連れてきてから、5日目の朝。
ブラインドの隙間から漏れる光に邪魔されて、俺が目を開けると、目の前にあったはずのSUGIZOの寝顔は、なかった。
昨夜、今までにないほど無理矢理カラダを繋げた後、気を失ったSUGIZOを、腕に封じ込めるようにして眠ったはずだった。
先に起きてシャワーを浴びに行ったかと思ったけど、違った。
ここへ連れてきてSUGIZOが脱いだ服は、ベッドルームの片隅に置いてあった。SUGIZOがここにいる間着ていたのは、俺が貸したスウェットかバスローブだけだった。
けど、部屋の隅に置いてあったはずのSUGIZOの服が、なかった。
ゆっくりとカラダを起こした俺は、ベッドサイドに放り出したままの煙草に火をつけ、それをくわえたまま立ち上がった。
リビングを抜けて、キッチンを覗いて、バスルームとトイレにも人影がないのをぼんやりと眺めて、玄関へ。
ここへ来た時のまま放り出してあった、SUGIZOの靴が、ない。
そこでUターンして、リビングへ戻る。テーブルの上の灰皿で煙草をもみ消して、ベッドルームへ。
さっき抜け出したばかりのベッドに腰かけて、SUGIZOがカラダを横たえていた辺りのシーツを手繰り寄せた。
SUGIZOがいつもつけてる香水の、癖のある残り香が鼻につく。カラダ繋げてる時だって気にならなかったのに。
シーツを握り締めたまま、俺はベッドにカラダを投げ出した。
SUGIZOは「逃げた」んじゃない。「出て行った」んだ。
ふと、それに思い当たった。根拠のない確信。
SUGIZOは俺の望んだ通りに、自分の強さと異常な状況に気づいて、この部屋から「出て行った」。
それだけのこと。
それだけの、俺が望んだこと。
「……SUGIZO……」
明日はまた仕事がある。スタジオでメンバー全員集まって、音出して、話し合って。
いつも通りのペースに戻るだけだ。
いつも通りの、10年かけて築いた関係に戻るだけだ。俺と、SUGIZOの関係も。
そうなることを誰より、俺が望んだはずだった。
なのに。
「……SUGIZO……」
名前を呼んだ声が震えてるのが、自分でわかった。だけど、なんでそんなふうになるのか、わからなかった。
俺はただ、SUGIZOの名前を何度も何度も呟いて、シーツに顔を埋めてた。
ずっと、そうしてた。
真昼の太陽が少しずつ西へ傾いていく中で、たった独りで。