Believe






2





 互いに、なにも言わなかった。
 快感に溺れ始めた辺りで、SUGIZOが声を漏らすようにはなったけど、それも言葉にはならなくて。
 黙ったまま、カラダを触れ合わせてた。
 一瞬でも、肌と肌が離れてしまうことがないように。カラダのどこか一部でいいから、必ず触れ合っているように。
 SUGIZOの肌は、どれだけ撫で回しても冷たいままだった。
 そのままコイツが死んじまうんじゃねぇかって考えが、ふっと頭の中をよぎって、俺は快感とは違う感覚に身震いする。
 SUGIZOも俺も、ロクな死に方しねぇだろうなって生き方しかしてない。けど、俺たちが死ぬのはまだ先の話であっていいはずだ。
 少なくとも、今じゃない。
 明日かも知れないし、半年後かも知れないし、50年後かも知れない。だけど、今じゃない。
 今、こうして抱き合ったままで片方だけ死ぬってことは……あっちゃいけない。
 俺はムキになってSUGIZOの肌を撫で回してた。SUGIZOが快感に鼓動を速めるまで。その肌が、生きてる人間の温かさを取り戻すまで。
「……J……ジェ、イ……」
 何度も囁かれる名前以外、意味を持つ言葉はない。
 仕事のこととかコイツの個人的な事情とか一切考えないで、やっと熱を持ち始めた肌に、いくつもいくつも痕を残してやる。
 カタイ硬いカラダ。女とはまるっきり違うその感触に、なぜか嫌悪は感じない。
 SUGIZOも、騎乗位でヤる時とかケンカ以外でヒトにのしかかられたことなんかないだろうに、抵抗感がないのかそれとも、抵抗を感じないフリをしてるのか、平然と俺の首に腕を回してしがみついて。
 そんなSUGIZOを女みてぇとか思うこともなく、俺もまた平然とSUGIZOのカラダに触れて。
 優しくしてやる必要なんてないって思ってた。だけどその思いとは裏腹に、SUGIZOに触れる俺の手は、絶対にSUGIZOを傷つけないように恐る恐る動いてて、俺は自分で自分に戸惑う。
 戸惑いながら手をカラダ中に這わせて、SUGIZOの喘ぎ声を誘う。
「……っあぁ! あ……、ジェ……っ!」
 不意に大きく上がった声。俺が、たいした抵抗感もなくSUGIZOの中心に触れたから。
 俺の動きを制するように、首に回された腕が少し動いて、背中に爪を立ててきた。
 俺はそれに反応しないまま、SUGIZOを高みへと追い上げる。
 コイツは、なにかを一瞬でも忘れたいのかも知れない。
 なんとなくそんなことを思ったから。
 なら、なにも考えられなくなるくらい、溺れさせてやればいい。
 俺はそれ以上なにを考えることもなく、ただSUGIZOを追い上げて、追い詰めた。
 限界まで上がった息を整えようとするSUGIZOの、細い細い脚を持ち上げて、入り口へ指を伸ばした。
 セックスって言ったのはSUGIZOだから。セックスってのはカラダ繋げることだから。この程度で終わらせてなんかやらねぇ。
 ……少しだけ残酷な思いを抱いた自分に、ほんの少し、笑った。
 もしかしたら経験あんのかと思うくらい、SUGIZOは無抵抗で、されるがままになってる。
 だけど、SUGIZOが放ったもので濡れた指を押し込んだ瞬間、さすがにカラダを強張らせた。キツ過ぎて、指が進まない。
「……SUGIZO……」
 抱き合ってから初めて、SUGIZOを呼んだ。
 声に誘われて辛そうに薄目を開けたSUGIZOの唇に、初めて俺からキスした。
 抱き合う前はあんなにも冷たかった唇は、熱く濡れていた。
 舌を絡めているうちにやっと力が抜けてきたカラダに、爪の辺りだけくわえさせた指を押し込んでやる。内側を指の腹で擦り上げてほぐしながら、何度も何度もキスしてやる。
 たぶん無意識にだろうけど、SUGIZOの腰が揺れ始めた辺りで、指を引き抜いた。代わりに俺の中心をあてがって、先端で入り口を擦り上げてやる。
 快感じゃない、たぶん……本能的な恐怖心からだろう。SUGIZOの全身が小刻みに震えて、声にならない声が俺を呼んだ。
 聞こえなかったフリで、俺はゆっくりと自身を押し込んだ。
 SUGIZOのカラダが強張る。当たり前だ。本来突っ込むためにある場所じゃない。
 声にならないかすれた悲鳴を無視して、俺は腰を突き上げた。
 このセックスに、情なんかいらない。
 だから。
 ようやく喉の奥から漏れてきた喘ぎ声にも、特になにかを感じることもないまま、俺はSUGIZOの奥を穿ち続けた。
 SUGIZOの声。聞き取れる言葉は俺の名前だけ。
 それにさえ反応しないで、俺はただ自分の快感だけを追った。
 抱きしめてるカラダが震えても強張っても力を失くしても、俺には関係なかった。
 ただ、抱きしめたこのカラダが、このまま鼓動を止めてしまうことだけが怖くて、自分で自分を追い詰めた後も、力を失くしたカラダを、抱きしめてた。



「……なんで俺だったんだ?」
 意識を飛ばしかけたSUGIZOが一応こっちの世界に戻ってきて、シャワー浴びるの手伝ってやって、メイクし直したベッドに寝かせてから。
 煙草に火つけて、俺はようやくそれを聞くことができた。
 SUGIZOは気だるげな様子を隠すこともなく、薄く目を開いて言葉を紡ぎ出した。
「……あのねぇ……昔、なんだけどさ……すっげぇ大事にしてるモノを、さ……手離さなきゃいけなくなって……サヨナラって言うのがすっげぇ辛かったのね……ソレを大事にすることも、手離すことも、全部俺が自分で選んだことだから……誰にも文句とか言えなくてさ……」
 抽象的な言葉。けど、そのことがSUGIZOにとっては大きなダメージなんだってことだけは、わかる。
 コイツが大事にしてるモノ、手離さなきゃいけないモノがなんなのか……ヒトなのかモノなのかさえ、俺には見当もつかないけど。それでも。
「……それ以来ね……『別れ』に対してすっげぇ臆病になってる自分がいてさ……人間なんていつ死ぬかわかんねぇじゃん? もし、今ここで、俺の心臓が止まったら、とか……一緒に走ってるオマエらのうち誰かが死んだら、とか……なんかそんなこと考えてさ……すっげぇ、怖くて……」
「……オマエ、誰かと死に別れたの?」
 コイツが怖がってる「別れ」ってのは「死」に直結してて、聞いてて気分のいいモンじゃない。
 一口に「別れ」って言ったって、ケンカ別れもあればただの引っ越しとかだってあるのに、なんでコイツの言う「別れ」は全部「死」なんだろう?
「……俺は……オマエを抱いてる間、このままオマエが死ぬんじゃねぇかって思って、怖かったよ」
 なにも答えないSUGIZOに、そう言ってやった。
 SUGIZOは少しだけ目を上げて俺を見て、笑った。
 とても、穏やかに。
 死の床についた人間が浮かべる、臨終の笑みみたいに、穏やかに。
「……突き放してほしかった……マネージャーとか他の三人だったら、ぜってぇ心配するから……心配して大事に大事にするんじゃなくて、突き放してほしかった……ならオマエしかいねぇじゃん……」
 話を最初に戻して、SUGIZOが言った。
 確かにその通りだけど……。
「……なら、どうして俺を引きとめた? それも、セックスしねぇかなんて……」
 それもまた疑問だった。
 今のSUGIZOは、話しかけてないとそのまま息を引き取ってしまいそうなくらい儚く見えて、俺はつい、聞きたかったことを全部並べる気になってしまう。
 SUGIZOはだるそうに寝返りを打って仰向けになると、ゆっくりと目を閉じた。
「……突き放してほしくて……それとは別のところで、ヒトに触れてたかった……生きてるヒトのカラダがそこにあれば、それでよかったんだ……抱きしめてほしかった……壊れるくらい、抱きしめてほしかった……それで壊れるなら、それでもよかったんだ……」
「……すっげぇ矛盾……」
 けど、人間なんてそんなモンだ。
 他人を遠ざけたくて、でも抱えてる重荷を誰かにわかってほしくて。
 そんなモンだ。
「……Jこそ、なんで俺の誘いに乗った? 嫌なら俺なんか張っ倒せばよかったじゃん……」
 そう。俺の腕力ならできたはずだ。
 それをしなかったのは、どこかでSUGIZOの矛盾した望みをわかってたからかも知れない。
 俺も所詮、そういう矛盾抱えたまま生きてる人間でしかないわけだし。SUGIZOもそれをわかってて、俺を選んだのかも知れない。
 今は、そう思う。
 俺たちがカラダを合わせたのはきっと、傷の舐め合いみたいなセックスとも違う、たぶん……ある種の同族意識からだったのかも知れないって。
「……どうしてだろうな。嫌だって気持ちはなかったぜ。ただ……オマエが死んじまいそうで、少し怖かった」
 ほとんど吸わないまま灰になった煙草をもみ消して、聞かれたこととは少しずれた、けど俺の正直な気持ちを言葉にしてやる。
 怖かったから。
 SUGIZOを失うことが、じゃないかも知れない。
 誰かが自分の腕の中で最期を迎えることが、怖かったのかも知れないけど。
「……そだな。死んでもおかしくなかったかも……」
 その声は虚ろに部屋を漂って、消えた。
 声と一緒に、SUGIZOの鼓動までもが消えそうで、俺はまた怖くなる。
 誰かが、俺の隣で最期を迎えることが。
 ……「死」っていう形の、「別れ」が。
「……死ぬなよ」
 思わず、言葉にして引き止める。そうでもしなければ、SUGIZOがこのまま消えてしまいそうで。さっきまでこの腕で封じ込めていたカラダが、永久に動かなくなりそうで。
 SUGIZOはずいぶんと長い間、黙ったままだった。なにも答えない。なにも応えない。
 穏やかな、眠ったのかと思うくらい静かな呼吸が、俺の不安を煽る。
「……死ぬなよ」
 もう一度、同じ言葉を繰り返した。引き止めるために。
「……死なねぇよ、ばぁっか……」
 ようやく返ってきた言葉に、ほっとしたくてもできなかった。言葉だけならいつもと同じ憎まれ口なのに、声が。
 泣いてるみたい、で。
 SUGIZOが大事にしたモノ、手離さなきゃいけなかったモノ。それが、SUGIZOを連れて行ってしまいそうで、俺はSUGIZOのカラダに腕を回した。
 そのまま、柔らかく抱きしめる。
 この腕の中の細いカラダが、鼓動を止めてしまわないように。
 SUGIZOが、どこかえ消えてしまわないように。
「……突き放してほしかったって、言っただろ……抱きしめんな……」
 細くかすれたSUGIZOの声なんて、聞き入れてやる気はなかった。
 黙ったまま、SUGIZOのカラダを抱きしめて、離さなかった。
 ただ、強く。
 けれど、壊さないように。
「……まだ死ぬわけにいかねぇだろ? やりたいこともやんなきゃいけないことも大量にあんだろうが。それ全部片づけんのは、オマエの一生じゃたぶん無理だろうけどさ。それでも、あともう10%くらいは片づけねぇと、死んでも死に切れねぇんじゃねぇの?」
 一気に言ってやる。普段のSUGIZOなら食ってかかってきそうな言葉なのに、腕の中の細いカラダは全然反応しない。
「……『別れ』るのが、さ……怖いんだよ……辛いとか哀しいっていう以前に、苦しくて苦しくて……それでも……それでも、オマエみたいに引き止めるヤツがいるから。絶対にいるから! 俺なんてどうだっていい存在だろうがよ! なんで引き止めんだよ!」
「SUGIZO!」
 突然暴れ始めたカラダを押さえ込んで、真実の想いを吐き出し続けるSUGIZOの唇を塞いだ。
 息が止まるくらい長く口づけて、SUGIZOのカラダから力が抜けた辺りでやっと唇を離して、目尻に浮かんだ涙を吸い取ってやった。そのまま、頬にも額にも髪にも、何度も何度も口づけた。
「……行くなっつってんだよ……手離さなきゃいけなかったモノを追っかける気かよ? それとも、単に現実逃避? させねぇよ、そんなこと……わかってろよ、そんくらい。行かせねぇ……絶対に行かせねぇ」
 耳朶にキスしながら、言葉を染み込ませるように耳に吹き込んでやる。
 行かせない。絶対に。
「……イヤだ……もう……ヤだ……!」
 血にも等しい重い言葉が、SUGIZOの唇から零れ落ちる。
 なにかに怯えるように震えるカラダを強く抱きしめて、俺はその耳元で囁きかけた。
「……許さねぇ。逃げるなんて絶対に許さねぇ……尻尾巻いて逃げ出すなんて、オマエのすることじゃねぇよ……逃げんなよ……どうしても逃げるってんなら、俺はオマエを突き放したりしない。捕まえて、絶対に離さねぇから……」
 言葉の合間にも、いくつもキスして。
 逃げるなんて許さない。
 まだやってないこと、まだぶち当たってないこと全部から逃げるなんて。
 許さない。逃がしてなんかやらない。
「……J……」
 SUGIZOの腕が、俺の背中に回された。そのまま、息苦しくなるくらいの強さでしがみついてくる。
 俺は黙って、SUGIZOの唇にキスしてやった。
 声にならない声が、俺の名前を呼んだから、もう一度キスして。



 俺たちはそうやって抱き合ったまま、眠りについた。
 真昼の太陽が少しずつ西へ傾いていく中で、互いのカラダを決して離さないように抱きしめ合って。
 SUGIZOの、いつもとは別人みたいな影の薄さが、抱きしめることで消えてくれたらいい。それだけを、願いながら。
 SUGIZOの、確かに感じられる鼓動が、止まってしまうかも知れない。そのことにまだ少し、怯えながら。








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