「……SUGI?」
「ん……?」
浅い浅い眠りからSUGIZOを引き上げたのは、低い低い男の声。
この声が耳に馴染んで、もうどのくらい経つのか。
SUGIZOはぼんやりとそんなことを考えて、すぐにやめた。
この声が滑らかに耳へ滑り込んでくるのはいつも、ベッドの上。
この声が耳の奥で脳を痺れさせたのと同じだけ、SUGIZOのカラダはベッドに沈んでいる。
声の主のカラダと一緒に。
「俺、もう時間だから行くけど。アンタも起きたら?」
「ん……」
重い衣擦れの音とともに、男の声がSUGIZOを促す。
今日もバイクで出かける気なんだろうな、とSUGIZOは眼を閉じたまま考える。
衣擦れの音が重いのはたぶん、男がレザージャケットを羽織っているから。
それで車に乗り込むこともあるけれど、今日は天気もいいし、とSUGIZOは考える。
ふわりふわりと当てもなく漂う意識は、男の言葉をSUGIZOの行動につなげてくれない。
「……俺の方がそうなってもおかしくないのに、なんでいつもアンタの方がだるそうなワケ?」
「……さぁ……?」
SUGIZOの相変わらずぼんやりした様子に、男は溜息をついた。
数歩分の足音と、ドアが開いて閉まる音が、それに続いた。
ならばきっと、男は出て行ったのだ。
世界が闇に支配される間、どれほどSUGIZOが男の肌に溺れようと。
世界が光に支配されれば、男はなにごともなかったかのように振る舞う。
いつも、そうだった。
SUGIZOは、そんな男を見つめながら、いつも考えている。
けだるいのに妙にすっきりしたカラダをシーツの海に漂わせながら、考える。
堕ちたのは、誰?
信じられない、と言われたのを、SUGIZOは今でもよく覚えている。
まだ、自分を飾ることでしか守れなかった頃だった。
まだ、自分をさらけ出すことが怖かった頃だった。
長い髪と濃いメイクでも隠し切れない驚きの表情を、SUGIZOはよく覚えている。
信じられない。
そう言ったのは、INORANだった。
SUGIZOはその言葉の意味を問い返せなかった。
その時は打ち上げの最中で、直後にINORANが別のテーブルへ呼ばれたから。
だから、INORANがなにを「信じられない」のか、SUGIZOにはわからない。
髪を切り、メイクを薄くした今でも。
あの時SUGIZOが打ち明けたことの、なにをINORANが「信じられない」のか。
SUGIZOには、わからなかった。
もっとも、打ち明けた内容のすべてをINORANが「信じられない」ということも有り得た。
金の髪の野獣を、自分のものにした。
SUGIZOがINORANに打ち明けたのは、そういうことだったから。
マネージャーの再三再四のモーニングコールに、SUGIZOはようやくベッドから這い出した。
その時点ですでに、起こしてくれた男が家を出てから2時間近く経っている。
SUGIZOが家を出るのは、これから更に2時間後。早くても1時間後。
身支度に手間をかけるのはSUGIZOの癖。
対して、SUGIZOを起こしていった男はたぶん、起きてから30分ほどで外出できる。
そんな二人がカラダを重ねる関係にあるだなんて、きっと誰も気づかない。
二人が誰かに話してしまわないかぎり、きっと誰も気づかない。
だからたぶん、INORANしか知らない。
SUGIZOとJが、カラダを重ねる関係にあることを。
熱いシャワーでカラダを叩きながら、SUGIZOはぼんやりと考える。
INORANは、どう思っているんだろう?
SUGIZOがJとの関係を打ち明けたのは、もう何年も前のこと。
それから今まで、INORANは二人をどう思って見てきたんだろう?
ふとした時に、SUGIZOはそんなことを考える。
Jは、INORANの隣に、常に並んでいるべきであって。
それを壊してしまったのは、SUGIZO自身。
壊したことを、悪いとも思っていないけれど、それでも、とSUGIZOは考える。
INORANに悲しい想いや淋しい想いをさせたかったわけではなくて。
ただ。
「Jが、欲しかったんだよ」
その一言が、SUGIZOのすべてだった。
Jが欲しかったから、自分のものにした。
それだけのことだった。
じゃあ、とSUGIZOは考える。
シャワーヘッドからあふれる湯を止め、バスタブに身を沈めながら、考える。
自分はなぜ、Jを欲しがった?
答えはいつも出なかった。
答えがなくてただ、Jが欲しいという想いだけが、SUGIZOの中に在った。
それが常にあるから、SUGIZOはJを自分のものにした。
それだけだった。
けれど。
答えが欲しいという気持ちも、常に在った。
Jを壊すことは、できなかった。
SUGIZOにはどうしても、それだけができなかった。
どれほどその肌を火照らせても。
どれほど濡れた声を上げても。
どれほど深くSUGIZOを受け入れても。
Jは、壊れなかった。
一瞬だけ、昇りつめたその瞬間だけは、壊れたように見える。
けれどSUGIZOが目覚めると、Jはまた元通りで。
壊れたように見えたことなど微塵も感じさせずに、SUGIZOを置いていく。
SUGIZOはそんなJをいつも、淋しさにも似た想いで見送る。
Jを堕としたのは、SUGIZOだった。
売り言葉に買い言葉で喧嘩したのをいいことに、SUGIZOがJを挑発した。
酒が入っていたせいもあって見事にその煽りに乗ったJが、SUGIZOを組み敷いた。
いつの頃からか、そうやってカラダを重ねることが習慣になった。
けれど、立場を逆転させたのがいつだったか、SUGIZOはもう覚えていない。
ただ、壊したいと思った。
SUGIZOが仕掛けた罠にはまったように見せかけて、JはいつもSUGIZOを抱いた。
自分で仕掛けておきながら、カラダを好きなように弄ばれるのが癪に障った。
癪に障るのに、最後にはいつもSUGIZOは我を忘れて意識を手放した。
それがどうしても、悔しかった。
だからSUGIZOは、同じようにJを壊してしまいたくて、Jを抱いた。
それなのに、Jは壊れない。
それどころか、それからずっと立場は逆転したままなのに、Jは一度も壊れない。
壊れもしなければ、SUGIZOに牙を剥くこともない。
ただ黙って、SUGIZOの好きなようにさせている。
だから、SUGIZOにはわからない。
Jを堕としたのは自分だったはずなのに。
今の状況はまるで、自分がJに堕とされたかのよう。
本当に堕ちたのは、誰?
きしむ、音がする。
ベッドもカラダも限界まできしませて、獣のようにカラダを繋げる。
Jが熱い吐息と一緒に呻き声を上げて、汗に濡れたシーツを握り締める。
後ろからJを抱きしめるSUGIZOも、Jに自身を締め上げられて小さく呻く。
限界は近かった。
それなのに、限界を超えてもJが壊れることはない。
そのことをSUGIZOはよく知っていた。
知っていてなお、望んでしまう。
壊してしまいたい、と。
なにもかもを壊して、自分も壊れてしまえたら、と。
けれどそれが叶わないことも、SUGIZOは知っていた。
きしむ音が止む、その一瞬前に、Jが悲鳴にも似た声を上げた。
それが、Jが壊れたかに見える瞬間。
強張ったカラダを震わせて、Jのカラダから力が抜けていく。
いつもなら、SUGIZOはここでJと繋げていたカラダを離す。
けれど。
完全に力を抜きかけたJが、さっきとは違う声を上げてカラダを強張らせた。
SUGIZOが繋がりを解かないまま、再びJの奥を抉ったから。
カラダ中をきしませて、SUGIZOは幾度もJに声を上げさせた。
壊せないのなら、どちらかが完全に壊れてしまうまで、何度でも限界を超えればいい。
SUGIZOはただそれだけを考えて、Jを抱き続けた。
Jと自分と、どちらかが壊れる音が聞こえるまで。
浅い浅い眠りからSUGIZOを引き上げたのは、昼の光だった。
いつもの、低い低い男の声ではなく。
眼球の裏側まで射抜きそうな強い光に悪態をつきながら、ゆっくりと眼を開ける。
文字通り目と鼻の先には、いつもならSUGIZOを起こすはずのJの寝顔。
鍛え上げられた肩や胸板には、SUGIZOが散らした赤い痕が幾つも見える。
その痕を一つ一つ指先で辿っていると、Jがゆっくりと眼を開けた。
ぼんやりしているJに、SUGIZOは深く口づける。
透明な軌跡を残して口唇を離しても、Jは眼を閉じたままだった。
SUGIZOがじっと見つめていると、落ち着いていくJの呼吸はやがて寝息に変わった。
その寝顔を見つめながら、SUGIZOは考える。
なにかを壊すことは、できたのか?
答えは、見つからなかった。
なにもわからないけれど、それでも。
なにかが変わったのかもしれない。
SUGIZOはそう考えながら、ベッドを抜け出した。
きしむ音を立てて壊れたのは。
壊れながら堕ちたのは。
誰?