12年続けてきたバンドの終わりから半年余り。
20代から30代になった前年ほどのショックはないものの、それでもやはり、特に体力などは年々衰えていく一方なのだと実感する、31回目の誕生日。
その日をJは、仙台の地で迎えた。
一緒にツアーを回る顔ぶれが昨年までと一変している状況。一つだけ、その弊害があった。
誕生日に、INORANと一緒にいたい。
ただそれだけの、年に一度の盛大かつささやかなワガママ。それが叶わなくなったのだ。
自分でもやりたいと要望を出したツアーのせいなのだから、墓穴もいいところである。
ひそかに落ち込むJに、周囲はその理由がわからないと首をかしげていた。けれどJが、なんでもないと力なく笑っては陰で溜息をつくようになったから、誰もがこれまた溜息と一緒に放っておくようになった。
結局その光景は、仙台2DAYSライヴの翌朝まで続いたのだが、Jは最後まで溜息の理由を口にしなかった。
もっとも、Jの溜息の理由がわからずに首を傾げていたのは、付き合いの浅いYoujeenとその関係スタッフくらいなものだったけれど。
長く世話になっている日本人スタッフには、ツアーの日程が決まった段階で気づかれていた。大半の外国人勢には相手まではバレていないだろうが、恋人と一緒にいられないことを嘆いているんだろうとからかわれていた。無論、当たりである。
からかわれても慰められても、自分が理由を話してしまわなければバレないだろうと思っていたのは、実はJ独りだけだった。
東京の自宅にJが戻ったのは、ツアー終盤となる名古屋公演直前のこと。
ただ、その時は溜まった疲労のせいで、自宅にいる時の日課が半分もこなせなかったのだ。
こなせなかった日課の一つに、メールチェックがある。
留守にしている間にもメールは溜まっていったはずで、チェックを怠れば怠るほど、まとめてチェックするのは面倒になる一方である。それはわかっているのだが、ディスプレイを見る元気がなかったのだ。
帰宅してシャワーを浴びてテレビをつけて、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、それに口をつけながらPCを置いてある部屋に足を踏み入れた。
そこで部屋の照明のスイッチを入れなかったのだ。
スイッチを入れながら足を進めてPCの前まで行ってしまえば諦めもついたかもしれないが、JはそうせずにUターンしてリビングに戻ったのだ。
あとはもうお決まりのコースである。FAXと留守電と郵便物と世界情勢とサッカーの試合結果だけチェックして、ソファに転がったまま朝まで爆睡。
マネージャーの電話で起こされた後は出発の準備に追われて、結局Jはメールチェックをしなかった。
やっと、ようやくJがメールチェックをする気になったのが、最終公演となった8月16日、渋谷での公演が終了したその翌日だった。
メールボックスは案の定パンク寸前。携帯のメール容量も、そう言えば12日はかなりマメにチェックしないと危なかった。
やはり12日付のメールが多い。タイトルも「HAPPY
BIRTHDAY」がほとんどを占める。
まずダイレクトメールと思われるものを開封もせずに削除し、次いで送信者名や件名のないメールも削除する。添付ファイルがあるものなどのアヤシゲなメールも削除すると、開封していないメールの数はずいぶん減った。
残ったメールを一通ずつクリック一つで開封し、中身を確認する。
11日の日付までのものをさっさと見終わると、12日付の最初のメールにカーソルを合わせた。0時から1時までの間だけでもけっこうな数があるけれど、そのどれもが自分を祝ってくれているのだと思うと、嫌な気はしなかった。
12日付の最初のメールは、送信者名が見覚えのないものだった。
<I>
たった一文字の名前。ローマ数字の1なのか、アルファベットのアイなのか、それすらも曖昧な。
多少の不安はあったけれど、Jは思い切ってそのメールをクリックした。
<Happy Birthday, J. 仙台は行かないからメールにした。>
これまたシンプル極まりない、たった一行だけのメール。署名すら入っていないから、このメールの送信者が誰なのか、<I>という送信者名から判断するしかない。
Jは笑った。
送信日時は8月12日0時00分。律儀にぴったりの時刻を狙っておきながら、こんな無愛想なメールを送ってくる人間など、Jの周りにそう多くはいない。現に、端から開く他のメールはほとんどが、底抜けに明るくJの誕生日を祝ってくれている。
その中で一際シンプルな、<I>からのメール。ついつい頬が緩んでしまうのは仕方ないだろう。
「相変わらずっつぅか……」
声に出してしまえば、それに続く押し殺した笑い声を止めることはできなかった。Jは喉を鳴らして笑いながら煙草に火をつけて、うまく煙を吸い込みきれずにむせてしまい、また笑った。