暑中お見舞い申し上げます。






「…………………………おのせぇ……」

 とある公園の木陰に置かれた、雨ざらしの古いベンチ。
 そこにぐったりと両足を投げ出して座る、前髪の長い少年が二人。

「…………………………いのうえぇ……」

 互いの声までもがぐったりしているのを聞くと、余計に気が萎えてしまうもので。
 それもこの暑さならば仕方のないことだけれど。

「……バカ? 死にそうな声出してんの俺なんだから缶コーヒー奢るくらいしてよね」
「んな金がどこにあるっつーんだよ、ピック1枚にも苦労してんのに」
「ひねり出したらあるかと思って」
「ひねるっていうより搾ったら、汗は出るけどな、際限なく」
「それは俺も一緒だってば……だめ」

 無気力極まりない雑言の応酬の末、降参、とばかりに両手を挙げて背もたれに首を預けたのは井上。

「なにが」
「暑い。死ぬ。もうだめ」
「この程度で死ぬなよなぁ……」

 呆れたような小野瀬の声にも、井上は返事をする気力すらなくしたらしい。
 目を閉じてしまった井上の横でベンチが軋んだけれど、それにも井上は反応しない。
 反響していったい何匹いるのか見当もつかない蝉の声。
 この暑いのにそれでも思いっきり元気な子供の声が混ざっている。
 一本向こうの通りを走る車の排気音すらダルさを助長するだけの存在だけれど。
 強い強い陽射しと相まって、それは確かに夏を思わせた。

「……ほら」

 不意に頭上に降ってきた声で、井上はうっそりと目を開ける。
 コントラストの強過ぎる視界に入ったのは、小野瀬の影。
 自分に伸ばされたその手の先には、汗をかいた小さな缶コーヒー。

「死にそうなんだろ。やる」

 小野瀬が、一本しか持っていないそれを井上の頭のてっぺんに乗せようとする。
 それを阻止して手で受け取った井上は、隣に座り直した小野瀬を見上げて小首を傾げた。

「……小野瀬は?」

 缶コーヒーが消えた大きな手は、両方とも空っぽ。
 不思議に思ってそう聞くと、小野瀬は缶コーヒーを持ったままの井上の手を引っ張った。
 引っ張られた先で、缶コーヒーが小野瀬の額に触れる。

「きもちいー」

 心底気持ち良さそうに目を閉じた小野瀬は、ほんの数秒で井上の手を押し返した。

「飲まなくていいのかって聞いたつもりだったんだけど」

 呆れながらも手を膝の上におろした井上が言うと、小野瀬は閉じた目を開けないまま笑った。

「俺はまだどうにか耐えられるからいいよ。でも、お前が倒れても担いでく体力はねぇから」

 井上には分かってしまう。
 きっと、半分がやせ我慢で、半分が真実。

「……ん……さんきゅ」

 やせ我慢している小野瀬をからかうのも面白いけれど、今は渇きを潤すことの方が大事だった。
 だから、小さな声で礼を言って、井上はプルタブを引いた。

「おう」

 涼しげな金属音に重なった小野瀬の返事に、ふと井上の記憶が呼び起こされる。
 そう言えばこいつの名前は、潤すって書くんだった。






 






「真矢ー!」

 玄関から近所迷惑を顧みない大声で呼ばれて、真矢は汗まみれの身体を起こした。
 身体を横たえていた畳の上に、人型の汗のシミがついていそうで、振り返るのも嫌になる。
 東側にあるおかげで少しは涼しく感じられる廊下を渡り、開けっ放しの玄関へ。
 そこには、小さなビニール袋を提げた同級生の姿。
 しかもこの暑いのに、たいして汗をかいていないというおまけつき。

「……あっついのに元気ね、杉原」

 上半身裸に、ズボンは穿いているものの裸足、首にタオルをかけて片手に団扇、というスタイルの真矢の眼前。
 文字通り涼しげな顔で靴を脱いでいる同級生は、適度に着崩しただけの制服のまま。

「だってうちは涼しいもん」

 お邪魔します、と宣言して、杉原は勝手知ったる真矢の部屋へ足を向ける。

「いーよなー。扇風機すらないまま南向きの和室で団扇と簾だけで凌いでる俺とは雲泥の差だね」

 実際そうなのである。
 頑固者揃いの家族のおかげで、真矢の家にはエアコンどころか扇風機が一台しかない。
 ちなみに置いてあるのは居間で、それだってよほど家族が暑さに辟易していないとつけられなかったりして。
 たかが真夏日、たかが熱帯夜、このくらい耐えられなくてどうする、といった感じなのである。

「でも俺、真矢んち好き。うちにはほら、和室ってねぇからさ」
「あ、そうだっけ?」
「うん。真矢んち来るとなんとなく落ち着くのって、俺もやっぱ日本人だからかなぁ?」
「さあ、どうだろうな」

 ゆったりと返事をする真矢に対して、杉原はいつもとまったく変わらずよく喋る。
 真矢の部屋に腰を落ち着けるや否や、杉原は持っていたビニール袋を二人の間に置いた。
 空いた両手を忙しなく動かしてまで話し続ける。

「だってさ、夏って言ったらやっぱ、クーラー効きすぎの寒い部屋で鍋食うより、暑い和室でかき氷。その方がよくねぇ?」
「その二つならかき氷でしょう」
「だろーっ!?」

 心底嬉しそうに笑う杉原の大声が、庭の蝉の合唱に重なった。

「ってことでこれは俺の奢りね」

 満面の笑みのまま杉原が指し示したビニール袋の中身は、今選ばれたばかりのかき氷。

「お! いーねー、サンキュー!」

 午後、一番暑い時間帯にはもってこいの差し入れに、真矢の顔もほころぶ。
 100円のカップのちゃちなそれは、ここまでの道のりで3分の1くらい溶けていたけれど。

「今度、俺が金ない時になんか奢ってねー」
「はいはい」

 真夏の和室にぴったりな、かき氷をかき回す音が響いた。











 ちょうど同じ頃、アイスの倉庫で凍死しかけている少年がいることを、彼らはまだ知らない。








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