4.  表現主義文学について

表現主義という様式概念の文学への転用は後世の批評家によりもたらされたものでも、造形芸術における表現主義的傾向の翻訳でもなく、表現主義という言葉の発生と同時に生れたものであると、カール・シュナイダーは指摘しています。彼の見解によれば、すでに1911年にクルト・ヒラーが「本質と意志、エートスが我々の問題となったのである」と述べ、エルンスト・ブラスやゲオルク・ハイムの抒情詩に対して、表現主義という言葉を用いていることからも分かるように、その言葉が使用されるされ始めるのは、殆ど絵画と同時期であり、文学は固有の発展により表現主義に至ったということになります。

つまり、戦争や大都市生活の不安、没落のヴィジョン等のモチーフや、事物の極端なデフォルメによる描写など、表現主義の絵画と詩においては数多くの共通点が認められますが、こうしたものは時代が内包していた生活感情の現れであると考えられているのです。

また、絵画に類似した色彩が、独立した価値として詩の中に導入されるようになりますが、このようなハイムやトラークルの作品において頻繁に見られる色彩語の使用は、基本的には表現主義の画家たちが感情的な高揚を表現するために用いたものと同質であり、トラークルの作品においては、その色彩が事物から剥ぎ取られ、詩人の内的世界を象徴する独立した精神性を表現する言葉となって、新たに生み出されることになるのですが、シュナイダーによれば、それは表現主義絵画の直接の影響というよりは、フランス象徴派の詩人たち(ボードレーールやランボー等)からの影響によるものであるという見解が示されています。このように文学における表現主義の発生には、時代がもたらした精神的高揚や他の芸術分野における表現主義的傾向からの影響だけではなく、一方では文学独自の創造的展開も大きく関与してたとも言えます。

最後に簡単に表現主義文学(主に抒情詩)における伝統破壊について触れたいと思います。これは具体的にはテーマにおける反社会的なものやグロテスクなものの積極的な取り上げ、古典的韻律や文法の否定という形で現れています。これらの当然の帰結として、作品の概念的価値(意味性)は失われ、感覚的価値と音的価値(リズム)が重視されるようになりますが、ここで目的とされていたのは、形式破壊そのものではなく、伝統的価値の破壊により新しい文学的価値を生み出すこと、つまり言語変革にありました。

表現主義文学に大きな影響を与えたのは、イタリア未来派の言語観であり、それは1912年に「シュトゥルム」誌上に翻訳掲載されたマリィネッティの「未来派宣言」、「未来派文学技術宣言」を通してドイツの表現主義者たちに紹介され、強い衝撃をもって迎え入れられました。

未来派は即時代的な生の在り方や芸術を模索し創造しようとする若者たちによる古い世代や時代への反抗として現れ、その運動の中心は、あらゆる伝統的秩序の破壊に向けられました。一切の文化的過去を否定するために戦争を賛美し、美術館や図書館の破壊を叫び、美を闘争のなかにのみ感受し、静的な思弁を排除して動的な攻撃性を褒め称え、機械によって新たに生み出されたスピードやリズムに熱狂する態度にその特色がありました。

マリネッティの「未来派文学技術宣言」に見られる文学観、言語観も当然のことながら著しい破壊的傾向をしめしており、そこでは文学における自我や、あらゆる心理学を破壊して論理性と理知に屈服している人間を廃棄せねばならないと声高に主張されています。具体的には、詩作を新しい形象の連続として捉え、その連続性を表現するためにアナロジーが重視され、伝統的な文体、文法が否定されると同時に、文は名詞と不定形の動詞によってのみ構成されねばならず、冠詞、形容詞、接続詞、句読の記号等は、連続性を抑制するものとして排除されました。

表現主義の詩人であるアウグスト・シュトラムは、こうした未来派の理論に基づき、言葉を伝達の手段としてではなく、文法的連関を離れた語そのものの原意義に還元し、それを用いて詩作したのであり、これらの影響から、劇作家のゲーリングやカイザーは、作品を単なるイメージを喚起させる言葉や絶叫によって構成し、フーゴ・パルにおいて、詩は純粋な音の連なりによって書かれる音響詩にまで解体されました。

未来派のこうした表現主義への影響からも分かるように、両者は相互に密接な類似性をもっており、伝統破壊を目指した点では殆ど同質であるとも言えるのですが、未来主義者たちが芸術の革命よりは世界の変革を欲し、破壊的側面を強調するあまり、軍国主義や愛国主義の末流に吸収されていくのに対して、表現主義は明らかに芸術の革命であり、未来派には否定された精神性や新しい倫理を打ち立てようとする側面を備え合わせていたところに両者の大きな差異がありました。

以上のように表現主義といっても幅が広く、各々の作家や時期によって、その作品傾向も大きく異なるのですが、以下に初期表現主義の代表的詩人であるトラークルの作品を通じて、具体的に表現主義的傾向がどのような形で作品に反映されているのかを探ってみたいと思います。

 

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