磐越西線DD51の活躍

 磐越西線の会津若松〜新津間は、かつては旅客貨物ともDD51が主力として活躍していましたが
平成7年11月に客車列車が廃止され、平成19年3月には最後まで残っていたセメント専貨も廃止
となりDD51の活躍も終焉を迎えました。このページでは磐越西線で活躍したDD51の写真を紹介
します。

 磐越西線ではありませんが新潟駅3番線で発車を待つ、1027号機牽引の232列車です。1227列車と232列車は磐越西線では最後まで残った旧型客車列車で新潟駅に出入りする最後の旧型客車でした。

 新津駅0番線で発車を待つ38号機です。昭和50年代中頃まで磐越西線では初期のDD51が多く見られました。非重連型のすっきりしたフロント周りが特徴です。

 新津駅0番線で発車を待つ13号機牽引の1226列車です。ナンバー部分の塗り分けが異なっています。新津駅の0番線も現在は廃止されレールも剥がされています。

 馬下に入線する576号機牽引の232列車です。旧型客車末期の頃になると32系客車は一足早く姿を消し郵便荷物車も50系になっていました。

 五十島に停車中の685号機牽引の232列車です。五十島は現在も交換可能駅ですが当時はホーム上に木造の待合室が有り、駅舎も木造駅舎が残っていました。

 日出谷に停車中の1227列車です。客車の床下から立ち上るスチームも懐かしい光景です。ちなみにこの時の牽引機は757号機でした。

 鹿瀬を発車する757号機牽引の232列車です。鹿瀬は現在では棒線化され無人駅となっていますが当時は交換可能な有人駅で貨物列車の発着も有りました。

 馬下〜猿和田間の505号機牽引の50系です。昭和50年代後半になると磐越西線にも500番台が転入して来て非重連型は姿を消しました。

 白崎(現・三川)に停車中の603号機、1233列車だったと思います。青い郵便荷物車に赤い客車というのも余り長くは見られなかった組み合わせですね。

 猿和田〜五泉間、早出川橋梁への築堤を行く223列車です。223列車と236列車は磐越西線非電化区間では最後まで残った客車列車で、新潟県内最後の普通客車列車でした。

 三川を発車する757号機牽引の223列車です。DD51の排気と客車から立ち上るスチームが逆光に映えてくれました。

 日出谷〜鹿瀬間、定番の日出谷のカーブを行く1184号機牽引の223列車です。この場所は昔から有名ポイントでした。