星に願いを

1788年のクリスマス

太陽・作

 

1788年12月24日 深夜

オスカルは一人広間に佇み、ぼんやりとクリスマス・ツリーを見つめていた。

この秋は本当にいろいろなことがあった――

降って湧いたような結婚話
それを断わるためにめちゃめちゃにした、舞踏会
壊したかったのは、舞踏会ではなく
均衡を失ってしまいそうな弱い自分の心だった

ジェローデルのくちづけ
心の奥底にしまい込んでいた大事なことに気がついた
思い出したのは、忘れようとしていたくちづけ
胸が貫かれるような衝撃に慄く自分の心だった

馬車が襲われたとき
無意識に口にした「私のアンドレ

投げかけられた疑問
愛しているのですか?

頭の中を二つの言葉が錯綜する
答えは、ひとつ
アンドレへの想い――

もう分かった筈なのに、私は何を躊躇っているのだろう
私の心はこれからどこへ向かっていくのだろう・・・

あの日、アンドレの母さんに会わせてあげて欲しいと望んだ幼い日の私
自分のことは何も望まず、私の願いを叶えようと一生懸命だった彼
あの日から、何度目のクリスマスなのだろうか?
二人は大人になったけれど、彼はあの時のまま、相変わらず自分のことよりも 私のことばかり考えてくれている
アンドレ・・・


「オスカル、どうした。そこで何をしている?」
オスカルを探していたアンドレが、2階から降りてくると、オスカルに向かって 声をかけた。
「アンドレ! ああ、ちょっと・・・。」
オスカルはびっくりして言葉を濁した。
「いつからここにいたのだ。こんな薄着で、身体が冷えるぞ。」
オスカルはアンドレに向かって微笑むと言った。
「子供のときのことを思い出していたのだ。あのサンタの手紙を貰った日のこ とを。」
「あれか・・・。ふふ・・・、あれから何年経ったかな。」
「アンドレ、今日はここで思い出話でもしないか?」
「分かった。では、あのときのように毛布を持ってこよう。」

アンドレは毛布を手に戻ってくるとオスカルを毛布で包み、暖炉の前の長椅子 に座らせた。そして、暖炉の前に跪くと大きな薪をくべた。
オスカルは赤々と燃える暖炉の炎を見つめながら、アンドレに聞いた。
「アンドレ。あのときのことを覚えているか?」
「もちろん覚えているとも。俺にとって一番幸せなクリスマスだったかも知れ ないな。」
「では、あのときみたいにお前もここに座って一緒に毛布に包まろう。」
「いや、オスカル。もう子供ではないのだし。」
「いいだろう、アンドレ? 今夜は子供に返ったつもりで、それに少し寒いの だ、一緒に包まったら温かいだろう。」

アンドレは黙ってオスカルの隣に座ると、二人で毛布に包まった。
「温かいな、アンドレ。あのときもこうしてくっついていて眠くなってしまっ たのだったな。」
「そうだ。がんばって起きているつもりだったのに、結局二人とも眠ってしま って・・・。まだ子供だったからな。」
「あのときは本当にサンタからの手紙だと信じていたから、嬉しかったなあ。 でももう少し大きくなって、本当はサンタがいないって知ったときは、がっか りしたけど。」
「でも、とてもいい夢を見させて貰った。」
「そうだな、確かに。アンドレ、あのときのサンタは結局誰だったと思う?」
「そうだなあ。おばあちゃんかと思ったのだが、おばあちゃんにあんな手紙は 書けないと思うし。俺宛の手紙は筆跡から見ても、二人の人間が書いているよ うだった。母さんが書く訳がないのは分かっているが、それでもずっと幸せだ ったよ。」

「じゃあ、誰だろう。アンドレ、あの手紙は今どこにあるんだ?」
「大事にしまってあるさ。」
「オスカル、お前宛の手紙は?」
「同じく。」
「久しぶりにあの手紙が読みたいな。サンタがいないって分かった日から、読 んでいないんだ。」
「ふふっ・・・。じゃあ持ってこようか。」

二人はそれぞれに自分の部屋に行くとあの手紙を取ってきて、手紙 を久しぶりにじっくりと読んだ。

「アンドレ、このサンタの字は父上じゃないか? お前のも見せて。」
オスカルはアンドレの手紙も受けとると改めて手紙を読んだ。

「サンタはやっぱり父上だな。それにお前の母さんの伝言は、母上の字だ。」
「そうだな、あのときは分からなかったけれど、間違いないだろう。サンタの 正体は旦那様と奥様だ。」
「ふふふっ、おかしいな。あの父上がどんな顔してこれを書いたのだろう。」
「いいご両親じゃないか。本当にお前のことを大事に思っていらっしゃる。それに俺にまでこんなによくしてくれた。」

「アンドレ、サンタに久しぶりに手紙を書かないか?」
「サンタに手紙?」
「そうだ、あの日のお礼を言っていなかったからな。」

二人は日々の現実を忘れ、サンタを心から信じていた頃を思い出しながら、穏 やかな気分で手紙を書いた。

「よし、これでいい。さて、この手紙をどうしよう。」
「あのときみたいにサンタがくるまで、ここで待っているか?」
「ふふっ、それもいいかも知れないな。そうだ、アンドレ、いいことを考えた。 ここに鍵がある。」
「これはどこの鍵だ?」
「書斎にある秘密の引出しだ。そこに引出しがあることさえ、父上と私しか知らない。この引出しに手紙をいれておいて、鍵にはリボンをつけてオーナメント としてツリーに飾っておいたら、きっと気がついてくれると思わないか?」
「子供みたいだな。」
「そうだろう。父上だけはこれがどこの鍵かご存知だし、他の者は誰も知らな い筈だ。」
「よし、じゃあリボンを探してきてやるよ。やっぱり赤がいいかな?」
「うん、頼む。」

オスカルは4通の手紙をリボンで束ね、秘密の引き出しにしまって鍵を掛けた。 そしてリボンに「サンタさんへ」と書き添えると鍵の頭にある穴にリボンを通 して、ツリーの目立つ部分に結びつけた。
「これでよし。」

オスカルは、子供のような笑顔でアンドレに向かって微笑んだ。 自分に向けられた余りに眩しい笑顔にアンドレは戸惑った。
「さあ、オスカル。もう休んだほうがいい。」
オスカルの肩にそっと手をおくと、促した。

「アンドレ・・・」
オスカルは肩に置かれた手に自分の手をそっと重ね、首を傾げるとアンドレを 見つめた。
静寂が二人を包み、心臓の鼓動が耳を打つ。
心を開放し、やっと紡いだただ一つの言葉を今、この夜にこそ告げよう。
「アンドレ、あ・・・い・・・」

ボーン、ボーン、ボーン・・・・・・・・・・・・

そのとき、広間の時計が12時を告げ、オスカルの言葉を掻き消した。

やっとの想いで告げようとした言葉を飲み込んでしまったオスカルに向かって
「オスカル、お誕生日おめでとう。」
そう優しく告げながらオスカルの頬に祝福のキスをすると、アンドレはオスカルを部屋まで送り、そそくさと立ち去った。これ以上二人きりでいたら、自分が また彼女に何をするか自信がなかったから。

告げるべき言葉と共に一人取り残されたオスカルは、呆然と立ち尽くしていた。

オスカルは、俺に何を言いたかった?
聞き返すのが怖くて、聞こえなかったふりをした。
「あい」で始まる言葉を頭の中でいろいろと考えてみる。
その言葉が「愛している」ではないことは、自分が一番良く知っている。


早朝、アンドレがクリスマスツリーを見ると既にあの鍵はなかった。
オスカルが迎えた、最後の誕生日のことだった。



―FIN―