ホワイトデー

太陽・作

レジーは机に向かって真剣に何かを書いていた。そんな彼を見つけたオスカル
は背後から音を立てないように静かに近づくと彼の肩越しに覗き込んだ。
「レジー、何を一生懸命書いているのだ?」
「わっ、なんでもない。」
レジーは慌てて書いていたものをその手で隠した。
「隠さなくてはいけないようなものを書いていたのか?」
「オ、オスカル、そういえばさっきからエミーがお前を探していたぞ。」
「エミーが? 何だろう。」
オスカルは怪訝そうにレジーに背を向けて行きかけたが、ふと立ち止まると振
り返った。
「レジー、そんなに私に見られては困るものなのか?」
「いや、別にそういう訳ではないが、・・・。ああもう、カードを書いていただけだよ。」
「カード? ああ、バレンタインデーのカードの返事か。」
「そうだ。」
「ふーん、あれに全部返事する訳か。」
「そういう訳だ。忙しいんだから邪魔しないでくれ。」
「相変わらず、まめな男だな。」
「女性には、礼儀正しくお礼をしておかないとな。」
レジーはそれだけ言うと、かなりの枚数のカードに丁寧な字で一言ずつ書き添えていった。オスカルは、何か言いたそうな表情でそんな彼を見ていたが、それ以上何も言わず黙って部屋を出て行った。しばらくは、部屋に羽ペンの走る微かな音だけが聞こえていた。
「よし、終わったぞ。」
レジーは立ち上がるとカードの束を持って、エミーを呼びに部屋を出て行った。

机の上には、紅薔薇の花を一輪添えた一枚のカードが残されていた。

 

 

 

 みなさまへ

 いつも応援して頂き、どうもありがとうございます。
 バレンタインデーでは、オスカルに殴られましたが、
  今日こそは彼女のハートをゲットすべく、頑張りたいと
 思います。
 最近、私が三枚目のようになっていますが、これは、
 悪魔のような作者の陰謀です。
 これからも応援よろしくお願いします。

レジーヌ・フランセット・ド・フォーレ

 

 

 

それから、レジーはチョコレートを貰った女性のところを一人一人回った。カード付きのキャンデーかマシュマロそして花束を持って。もちろん、相手の女性のご要望とあれば、熱い抱擁&KISSも付けて・・・。(全員だったりして)


その夜――。

「サファイヤの瞳のお嬢さん。チョコレートの御礼に伺いました。」
オスカルが椅子に座ったまま振り向くと、窓から差し込む月明かりを背に、両手に一杯の白薔薇の花束を抱え、優しく微笑んだレジーが立っていた。レジーはオスカルの足元に跪くと花束を差し出した。
「薔薇の花さえも嫉妬するほど美しいあなたに。」

オスカルは彼が初めて自分を女性扱いしたことに対して戸惑っていたが、珍しく素直に花束を受け取った。
「あ、ありがとう。」
レジーは、呆然としているオスカルの手に口づけると、彼女の手を取り隣の部屋へ案内した。
「辛党のお前のために用意したのだが、気にいって貰えるかな。」
そこには、各国の美酒が取り揃えられていて、それを見たオスカルの瞳がキラキラと輝いた。
「見たこともないような酒もあるな。これは?」
「これは日本の酒で、『○の寒梅』という地元でもなかなか手に入らない酒だ。お前のために苦労してやっと手に入れたんだ。」
「それは楽しみだ。では、まずこちらから頂こうか。」
「日本のお酒は燗をすると言って、温めて飲むことも多いのだが、この酒は冷酒の方がいいだろう。」
レジーはオスカルを長椅子に座らせると、二つのグラスに酒を満たした。そして、一つのグラスをオスカルに渡し、彼女の隣に腰掛けた。
「お前の瞳に乾杯。」
二人はグラスを掲げ、透明の液体越しに見える互いの瞳をしばらく黙って見つめ合うと、静かにグラスを合わせた。オスカルは、鼻腔をくすぐる馥郁たる香りを楽しみながら、その芳醇な酒を暫し目を閉じてゆっくりと味わった。
「うん、悪くないな。」
「口当たりがいいから、飲み易いが、案外強い酒なのではないか? 飲みすぎるなよ。」
「大丈夫だ。酒は強いのだから。」
オスカルは、にっこりと微笑むと空いたグラスを差しだしてお代わりを催促し、次々と杯を重ねていった。

酔うほどに口数が少なくなり、二人の間に沈黙が訪れた。二人とも口にしたい言葉はお酒と共に飲み干すが如く、ただ飲み続けていた。

オスカルは、手に持ったグラスを回し透明な液体の揺れる様をじっと見つめながらやっと口を開いた。
「レジー、初めてだろう、お前が私のことを女性扱いしたのは。」
「そうか・・・そうだったかな。」
レジーはそう言ったままうつむいてしまったオスカルのグラスをつかみ、そっとテーブルに置くと、彼女の腰をその逞しい腕でしっかりと自分に抱き寄せた。オスカルが驚いて顔を上げると目の前に彼のすみれ色の瞳が見えた。そしてすみれ色の瞳がゆっくりと閉じられると、そのまま吸い寄せられるように彼の腕の中にしっかりと抱かれ、激しい口づけを受けていた。優しく繰り返されるその口づけにいつしか彼女の手もしっかりと彼に縋っていた。レジーが長い口づけから彼女を解放したとき、二人の視線が再び熱を帯びて絡み合った。その瞬間二人の瞳の中に去来したものは何だったのだろうか。

オスカルは彼の胸に顔を伏せ、目を閉じたまま彼に抱かれていた。温かくて力強い腕、安心できる広い胸、なんて居心地がいいのだろう。ずっとずっと肩肘張って生きてきた、このままここに逃げ込むことが出来るなら・・・。そんな有り得ないことをほんの少しだけ夢見ていた。

レジーは決して自分の本心は口に出さないと誓っていた。お互いに背負っているものが重過ぎる。けれど、世界中を敵に回しても守りたいこの女性に、自分の腕の中にいる愛しい人へ、誓いを破って今こそこの想いを口にしたいと思っていた。

そして、彼は万感胸に迫るただ一つの言葉を静かに告げた。
「オスカル、愛している。」

けれど彼女は、何の反応も示してくれなかった。

「オスカル?」

「おい、オスカル?」





「寝たのか? うそだろう、おい。」
オスカルは幸せそうな顔でぐっすりと眠っていた。

「日本酒は失敗だったかなあ。やれやれ・・・。」
レジーはオスカルを横抱きに抱えると寝室へ行き、ベッドに横たえた。
安心しきって無邪気に眠る愛しい人の寝顔を見て、この想いは結局告げるべきではないことを悟った。
「おやすみ、オスカル。良い夢を・・・。」
レジーは、彼女の額にそっと口づけると静かに部屋を出て行った。

彼は自分の腕が急に寒くなったように感じ、月を愛でながらまた一人侘しく酒を飲み続けた。愛の言葉の残骸が部屋の片隅に残っているようで、居たたまれなかった。そして、もう一度だけ呟いた。もう二度と口にしないだろう言葉を。

「オスカル、愛している。」

―おしまい―
2003.3.16

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