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太陽・作

 

アベイ牢獄から、アラン達衛兵隊の兵士12名全員が無事に釈放された頃。

俺は、オスカルの体調の変化に気がついた。
顔色が悪い、時々咳き込んでいる、微熱もあるようだ。
最初はただ激務のために、疲れているだけかと思いたかったが、どうもそうではないらしい。オスカルに医者に行くように勧めたところで無駄だろう。

俺は一応オスカルの主治医であるラソンヌ先生の所へ行った。
「先生、本人を連れて来られないのですが、一応ご相談をと思いまして。」
「アンドレ・・・・。私も気にしていたのだ。ジャルジェ家に連絡をするべきかどうか。でも、彼女のたっての願いだったので今まで黙っていたのだが・・・。君からも何とか転地療養を勧めてくれ。私も彼女に生きてほしいのだ。」
ラソンヌ先生は涙を浮かべて、俺に訴えた。
「何ですって! 先生、何をいっているのです。オスカルは、ここに来たのですか? オスカルが? 先生、オスカルの病状は?」
俺は興奮して自分でも何を言っているのか、良くわからなくなってしまった。
「彼女は、結核です。」先生は力なく答えた。
俺は先生の腕をつかみ、ただ「嘘だ・・・! 嘘だ、嘘だ・・・!」
と叫び続けた。
「このまま軍務を続けると、長くて半年の命だと彼女にも伝えました。」
「・・・・・・」俺は言葉がでなかった。
「本人にもいいましたが、静かな環境で、安静を保って生活できれば。もしかしたら、奇跡が起こるかも知れません。」
「先生、どうもありがとうございました。」
やっとのことで先生に礼を言うと、俺は先生の所を後にした。

 

オスカルが結核?
あと長くて半年の命? 
何だ? 
何のことをいっているのだ。
やっとやっと、お互いの気持ちを確かめ合って、これから二人で幸せになろうと 思っていたのに。

俺は、どうすればいいのだ? どうすれば・・・・。
オスカルに転地療養を勧めたところで素直に言うことを聞くわけが無いし、やっぱり強行手段しかないか・・・・・。

俺は、ジャルジェ家へ戻ると、真っ直ぐだんな様の部屋へ向かった。 扉をノックして声をかける。
「だんな様、アンドレです。お願いがあるのですが、入ってもよろしいでしょ うか。」
「ああ、入りなさい」

「オスカルはあれからちゃんと連隊本部に顔を出しているか」
「はい、だんな様。兵士たちはオスカルのいうことでなければ聞きません」
「ところで、何の用だ、アンドレ。真剣な顔をして。」
「だんな様、御願いがございます。」
俺は床に両手をついて頭を下げた。
「アラスの別荘をわたくしにお貸しください。」
「何だ? なぜ?」
「今日、ラソンヌ先生のところに行ってきました。そして、オスカルが結核で、 このままの生活を続けたら、長くて半年の命だと言われました。わたくしはオスカルをこのまま死なせたくないのです。どうしても転地療養させたいのです。 絶対に死なせたくない・・・・。」
俺は泣きながらだんな様に訴えた。
「なんと・・・? それは、それは本当か?」
だんな様の声が震えている。
「はい、残念ながら・・・。先生のお話しですと転地療養で、静かに暮らせば あるいは・・・とのことです。ですから、ですから、わたくしは何としてもオスカルをアラスに連れて行き、療養させたいのです。」
だんな様は俺の手をつかみながら
「わかった。アンドレ。お前の好きにするが 良い。オスカルのことはお前にまかせた。」
「ありがとうございます。だんな様」
「ただ、あいつが素直に療養するとは思えないが・・・。」
「はい、もちろんです。まず、軍務から離さなければなりません。オスカルに今兵士たちを見捨て、転地療養しろといっても聞き入れられる訳がありません。アラスに連れて行くまでは、強行手段をとるつもりです。」
「オスカルには、私のせいでいらぬ苦労をさせてしまった。このまま軍隊にあいつを置いておきたくなかったのだ。あいつのことだ、きっと軍を率いて嵐の中に飛び込んで行くに違いない・・・。だから、だから・・・。」
だんな様の嗚咽が漏れる。
「アンドレ、何か必要なものがあれば、私に言うがいい。侍女もばあやも必要なら連れて行くがいい。」
「いいえ、だんな様。二人きりでいたいと思います。そのほうがオスカルもわがままがいいやすいと思います。」
「わかった。アンドレ。オスカルのことは、くれぐれもたのんだぞ。私の一番大事な末娘、私より先に死なせないでくれ。オスカルをオスカルをたのんだぞ・・・。」
「はい、だんな様。わたくしの命にかえましても・・・。」
二人はしっかりと手を握り合い、涙した。


     


アラン達は無事に帰ってきた。良かった・・・。
これもベルナールのお陰だ。

最近、どうも調子が悪い。眠れない、疲れが取れない。微熱がある。だるい。
風邪にしてはどうも変だ。

そうこうしているうちに、咳き込んでとうとう血を はいた。胸をやられたな・・・と私はまるで人事のように思っていた。酒の飲みすぎか? ははは・・・。

これからのことを考えなくてはならないと思ったので、ラソンヌ先生の所へ行った。病名はどうでもいい。あと、どのくらい生きられるのか? ということだけだっ た。


このままだと長くて半年。半年・・・冬までか・・・。

でも、最近のパリの不遜な動き。きっと半年もかからずに何かが起こるだろう。まもなく出動命令が出るに違いない。それまで、それまでの命があればいい。

私は絵のモデルになるのは昔から大嫌いだが、先立つ親不孝者としては、 一枚くらいちゃんとした絵を残しておきたいと思ったので、画家を呼んだ。ばあやや父上は案の定、訝しがっていた。早く仕上がるといいのだが。

私はアンドレに愛を告げた。
でも、本当は告げないほうが良かったのではないかと思う。
自分の苦しみを皆アンドレに押し付けてしまいそうで・・・。
自分が強く いられなくなりそうで・・・。

アンドレに病気が移ったら、どうするのだ。
彼は私のためにすでに片目を失っているのに。
私、彼の命まで奪おうというのか。

すべてを捨てて、アンドレと短くとも平和に暮らしたいと思うこともある。
彼には病気のことは知られたくない。
ラソンヌ先生にもきつく口止めした。
彼に知られたらきっと療養しろというだろう。
でも、療養してどうなるというのだ。
この時代、結核は不治の病。半年が一年になったところで、何が違うというのだ。
私は、私はどうすればいいのだ。私の心は支離滅裂だ。
アンドレ、アンドレ・・・。教えてくれ。


 

― つづく ―