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地球が壊れた。
21世紀初頭まで俗に先進国と呼ばれていた国々が、それぞれに有していた核爆弾。その一部が誤って発射されてしまった、その結果をそう表現したのは、どこの誰だっただろう。
最初に発射された核弾頭が爆発する頃には、地球の空は核爆弾や対空ミサイルで埋め尽くされた。
核爆弾の爆心地は主に、それまで先進国と呼ばれた国家の中心都市だった。当然、国家の中枢としての機能を多く集めた人口過密都市ばかり。そういった都市が次々に、なにもない不毛の大地に変わった。
直接の被害を受けずに済み、人間を含む生物が生き残った地域も、いくらも経たないうちに放射能の影響を受けた。
そうして、地球は壊された。
それでも生命はやがて息を吹き返す。
核爆弾の誤爆から幾世紀の時間が流れたのか、地球上に生き残る誰もが知らなかった。それほどに長い歳月をかけて、地球はやっと再生の道を辿り始める。
人間はまず国家という単位を忘れ、身近にいる者同士で肩を寄せ合って暮らすことを思い出した。火を起こすことを思い出し、他の生命を糧とすることを思い出し、住む場所を持つことを思い出した。
人間が自分の手でできる精一杯の生活を営むようになった頃には、肩を寄せ合う人数が増えて、コミュニティと呼ばれる小さな集落が形成されていた。
コミュニティをまとめるリーダーは首長と呼ばれ、その血に連なる者が実権を握るようになるまでに、更に長い時間が必要だった。
コミュニティは世界中の至る所に形成され、近いコミュニティの間では取引や争いが起きるようになった。
また、コミュニティの内部でも抗争が起きることがあった。それらは大抵、血統や実力を笠に着た者たちと、それに反感を抱く者たちの争いでしかなかったけれど。
皮肉なことに、争いは文明の再生を促した。
人間は、自らの身を守る道具と相手を傷つける道具を作る術を思い出した。そのおかげで争いは激化の一途を辿り、規模も大きくなっていく一方だった。
コミュニティの統合・併呑は珍しくもなかった。また、内乱のせいで人が離れていき、廃墟と化すコミュニティも多くあった。
ラウルというコミュニティがある。
広大な砂漠の一隅には、ラウルを含め幾つかのコミュニティが点在している。
かつては広大な平野が広がっていたというその砂漠では、最も小さなコミュニティだった。人口はわずか150人程度。周辺のコミュニティにいつ併呑されるとも知れない、そんなコミュニティである。
首長とその血族が実権を握ってはいるが、首長の人柄は温厚でコミュニティの住人から慕われていたため、ラウルで内乱が起きることはなかった。
しかしその首長が没した後、新たに首長の座に就いた長男が、父親とはまったく正反対の考えを持っていた。
いつまでも周辺のコミュニティに怯えてばかりではラウルが滅びてしまう。ならば思い切って、他のコミュニティにこちらから攻撃を仕掛け、併呑してしまおう。
新首長のその意見に賛同した住人は、コミュニティの人口の半数近かった。
しかし、反対派として名乗りを上げ真っ向から首長に歯向かった人物がいた。新首長の弟である。弟は父親に似て温厚な人物で、人望なら兄に引けを取らない。新首長の意見に反対する者は自然、弟についた。
結果、ラウルはコミュニティを二分する内乱に陥った。
ラウルには、子供が少なかった。
大人は皆、自分が今を生きることに精一杯で、子供を生み育てる余裕がなかったのだ。もっとも、少子化は世界中どのコミュニティでも深刻な問題だったが。
数少ない子供は自然、周りの大人たち皆に大事にされて育つ。
SUGIZOとINORANも、そうしてラウルに育てられた子供だった。一歳しか違わないこともあって、兄弟のように二人一緒に育てられた。
SUGIZOには、ラウル周辺を発掘しては前時代のガラクタを拾ってくる父親と、家にいることの少ない夫に代わって家を仕切る母親がいた。
INORANには親はいない。育て親は教会の神父だった。
神父が博識であることもあって、ラウルの子供は教会に日参しては神父から様々なことを教わっていた。SUGIZOとINORANは教会で机を並べる学友でもあった。
ラウルの首長が代替わりした年、SUGIZOは19歳、INORANは18歳だった。
もう大人の仲間入りをしていい年頃だったが、二人の下にはまだ10歳にもならない子供しかいなかったから、二人ともまだ半分子供扱いされていた。
それでも二人は、大人たちの間で交わされる言葉に不穏な空気を感じ取っていた。その言葉の意味がまったくわからないほど子供ではなかったのだ。
ラウルの首長とその弟、侵攻を推進する首長派と反対派との膠着状態は、一年余りの時を経て、ある日突然終わった。
争いの火蓋を切って落としたのは反対派だった。
正確には、首長派がいよいよ反対派を押し切って隣接コミュニティに攻め込もうとしている、という情報を得た反対派が、それを阻止するべく決起したのだ。
首長派の中でも特に統率力があるとして重宝されていたのが、教会の神父だった。首長派の者は教会に毎夜足を運んでは、反対派を押し切る方法や隣接コミュニティに攻め込む時期などを話し合っていた。
それを知った反対派は、教会ごと首長派の中心人物を葬り去るべく、夜更けを待って教会に火を放ったのである。
この時、SUGIZOとINORANは初めて、ラウルの大人たちから「一人前の大人」として扱われたことになる。
皆が集うことの多い教会の住人であるINORANを知らない者など、ラウルにいようはずもない。ラウルはそれほど小さなコミュニティなのだから。
まして、数少ない大事な子供の一人。その存在を忘れる者など、いるはずがなかった。
反対派の者も、教会に火を放てばINORANも巻き添えになることを知っていただろう。
けれど、火は放たれた。そして教会が襲撃されることを、SUGIZOは知らなかった。知らされなかった。
SUGIZOの両親は反対派である。その両親と話し合って、SUGIZOも反対派の意見を持った。両親に流されたのではなく、一人の大人としての判断だった。
教会に火が放たれたことをSUGIZOに教えてくれたのは、久しぶりに帰ってきていた父親だった。だが、父親も教会襲撃のことは知らされていなかったという。
反対派の誰かが、INORANと兄弟のようにして育ったSUGIZOに知らせるのは酷だと思ったのか、それとも教会襲撃の邪魔をされると思ったのか。
いずれにせよ、SUGIZOが着の身着のままで家を飛び出した時にはすでに、教会の火の手がラウルのどこからでも見える状況だったのだ。
そして、二人はそのままラウルを飛び出した。
月も星もない、真っ暗な不毛の地へ。
SUGIZOは一応、わずかな金とマントくらいは手にしていたものの、礼拝堂で死ぬつもりでいたINORANは本当になにも持たずに飛び出した形になる。
「寒くない?」
「……ちょっと寒い」
問いかけに答えたINORANの声が本当に震えていて、SUGIZOは羽織っていたマントをINORANの肩にかけた。INORANはそれを返そうとしたけれど、SUGIZOはその手を遮る。
熱にさらされた上に走り通しで汗をかいた身体に、砂漠の寒さはちょうどよかった。もっとも、もう少し時間が経って汗が引いてしまえば、そんなことも言っていられなくなるのだろうけれど。
二人とも、ラウルに戻るつもりはなかった。
今から戻って、INORAN自身が反対派につくことを宣言すれば、命は助かるだろう。INORANは、首長とその弟の対立について自分の意見を出したことが一度もない。
だから、反対派として名乗りを上げれば迎え入れられるだろう。SUGIZOは元から反対派についていたのだから、これも問題はない。
けれど、二人はラウルを飛び出した。
ラウルを捨てることに躊躇いがなかったわけではない。だが、周りの大人たちの思惑にこれ以上振り回されたくなかった。
二人それぞれに、小さな夢があった。
SUGIZOは、父親が発掘してくるガラクタを細かく検証して、それがいつの時代にどんなことに使われていたものなのか調べようと思っていた。そうすることで前時代の知恵を今に生かせれば、と思っていた。
他にも職を持たなければ生きていけないかもしれないけれど、子供好きなのを自覚していたから、子供たちの教育を引き受けられたら、とも考えていた。
INORANも、なんとなく育て親の跡を継いで神職に就こうと思っていた。ラウルでは神父に次いで信仰心があると言われていたのだ。神職が務まらないことはないだろうと、漠然と考えていた。
けれど、二人はその夢をラウルという生まれ育ったコミュニティとともに、捨てた。
後悔はなかった。ただ、ほんの少しの痛みと、胸の奥の消化しきれない感情が残っていた。
それだけだった。
この時代、コミュニティ内の結束は固いものだった。
だからこそ、内乱よりは他のコミュニティとの縄張り争いの方が多かったし、他のコミュニティからの移住は難しかった。前にいたコミュニティのスパイだと思われることが多いからである。
だが、それでも事情があって家を、コミュニティを捨てなければならない者も世の中にはいるもので。
大きなコミュニティでは、そういった者がひっそりと暮らすためのスペースが黙認されていることが多かった。
SUGIZOとINORANは、ラウルから南へ徒歩で丸一日ほどかかる、カザラというコミュニティを目指していた。
人口150人ほどのラウルと違い、カザラは人口が1500とも2000とも言われる大型のコミュニティである。他所者である二人が身を隠すことくらいはできる規模だった。
砂漠と言ってもこの辺りは日中の気温が上がり過ぎることがないので、体力のある者なら不眠不休で歩くことはできた。
ただ、問題だったのは二人ともに水も食料も持っていないことだった。
一刻も早くカザラにたどり着いて食料と水を確保するか、体力を温存するために休みながら時間をかけて進むか。
迷った末、SUGIZOとINORANは不眠不休の強行軍を選んだ。
ラウルの中を走り回った時点ですでに相当疲れていたのだ。ここで休んだら、本当に動けなくなるかもしれない。だから、動けるうちにできるだけ動いておこうと考えてのことである。
教会を焼く炎が見えなくなった頃、雲の切れ間から北極星が顔をのぞかせた。時折流れる薄い雲に、その光は霞んだけれど、方角を見失わないためにはそれで充分だった。
東の空が白んでくれば、ラウルの西方にそびえる岩山も判別できた。その岩山を右手に見ながら、二人は黙々と歩いた。
口を開けば、ラウルで過ごした歳月の話を出してしまいそうだったから。
今の二人に必要なのは、思い出にすがり未来に怯えることではなく、前を見据えて明日をどう生きるか考えることだったから。