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砂の向こうに見えたのは、街だった。
ラウルを出てからほとんど休まずに歩き通したSUGIZOとINORANは、丸一日かかると言われる行程を少し早くこなして、カザラ・コミュニティの外壁に辿り着いた。未だ明けない夜の闇に沈むカザラは、二人を威圧しているようにも見えた。
ラウルとの人口差を考えれば当然のことだが、ラウルから出たことのなかったSUGIZOとINORANは、他のコミュニティの規模を知識としてしか知らなかった。それも、コミュニティを渡り歩く隊商がもたらしてくれるホラ混じりの土産話が基本なものだから、かなり歪んだ知識しかない。
例えば、あるコミュニティに住む人はラウル等の住人達の10倍もの体格を持っている、だとか、あるコミュニティでは鉄の乗り物が人が操作しなくても走っている、だとか、あるコミュニティは地底に存在する、だとか。
あることないこと節操なしに吹き込まれて育った二人には、隣接しているとは言え見たことのないコミュニティであるカザラは、想像もつかない土地だった。
二人がまず圧倒されたのは、その規模。
コミュニティはその勢力範囲を外壁で囲うのが一般的で、ラウルも小さいながらも全体を壁で囲い、要所要所に見張り台を備えたゲートを設置してあった。ゲートは関所の役割も果たしており、特に夜間はよそ者が入り込まないかどうか警戒されている。
そのラウルは、ゲートから少し離れれば、コミュニティを囲う外壁の端から端までが見えた。
だがカザラは、ゲートが見える辺りまで来た頃にはもう外壁の端が見えなかった。それだけ広いのだ。たとえそれが夜明け前のまだ暗い時刻のせいとしても、二人が最初に目にしたゲートの他にはほとんど灯りが見えなかった。
幸運なことに砂漠で盗賊などに出くわさずに済んだ二人の眼に、それはまったく未知の怪物のように映った。
無知な子供でしかない自分たちを喰らい尽くそうとする、一つ眼の怪物。
お前たちに未来など開かれていないのだと、嘲笑うかのように揺れるゲートの灯りを睨みつけても、二人の心の奥底に宿った不安は消えなかった。
隊商などを迎え入れるため、ゲートは夜明けと共に開かれる。
ラウルでは、一番大きなゲート以外は見張りが立つのは夜間だけだった。日中に無人のゲートから誰かが入って来ても、余所者ならすぐにわかるからだ。けれど、カザラは日中もすべてのゲートに見張りが立つ。
そのことを二人は、夜半過ぎにカザラのゲート近くに着いて夜営している隊商から聞いた。
「なんなら、俺たちの中に紛れ込むか? 子供二人くらいどうってことはない」
隊商の隊長がそう申し出てくれたのは、SUGIZOとINORANにとってこの上もなくありがたかったが、二人はそれを断った。
なるべく人と関わりを持たない、と、歩いている最中に二人で決めたのだ。
ラウルで内乱が起きたという知らせは、数日を置かず近隣のコミュニティに広まる。そのラウルから飛び出してきたということを見ず知らずの相手に話してしまったら、相手がどんな反応を返してくるのか想像がつかない。人との関わりは必要最低限に、というのが二人の判断だった。
申し出を断る代わりに、二人は幾つかの頼み事をした。それを快く聞いてくれた隊長から、鋏を借り、針を借り、血止めの薬草を少し分けてもらう。
借りた鋏で二人は、互いの髪を切った。
腰の下まで長く伸ばしていた、INORANの黒い髪とSUGIZOの緋色の髪。それを肩口までばっさりと切った。切り落とした髪は適当に砂に埋める。
それから、借りた針でINORANの片耳にピアスホールを開けた。隊長がくれた売り物のピアスをINORANの耳朶に飾る。
「……どっかから逃げて来たのか?」
隊長にそう聞かれるのも無理はなかった。
外見を変えようと必死になるには当然、それ相応の理由がある。どこかから逃げ出した逃亡者かと思われても仕方がない。
けれど二人は首を横に振った。
ラウルから逃げ出したのは確かだけれど、二人にとってはどちらかと言えば家出に近い。
外見を変えようと思ったことにも、理由らしい理由はなかった。
ただ、すべてを捨ててきた、その証が欲しかったのかもしれない。
何年もかけて丁寧に伸ばしてきた髪を切ることで、すべてを断ち切るのだと自分に言い聞かせたかったのかもしれない。
先に髪を切りたいと言い出したのはINORANだった。SUGIZOもなんとなくそれに付き合った。それだけのこと。
ピアスの付け替えにも深い意味はなかった。これまでロザリオ以外のアクセサリーを付けたことのなかったINORANの、髪を切ったことで見えるようになった耳になにか飾りたいとSUGIZOが思っただけで。SUGIZOがつけていたものを外そうとしたら、隊長が売り物の中から一つのピアスを差し出してくれただけで。
砂まみれの二人を、隊長は朝まで傍に置いてくれた。熾した火の傍へ誘い、余っている毛布を差し出し、温かいスープを分けてくれた。
丸一日、水の一滴すら通さなかった二人の喉は、スープの熱さに悲鳴を上げた。
けれど指先と喉の奥から伝わるその熱は、心地良かった。
カザラのゲートの灯りを見た時に、二人の胸に湧き起こった不安が、ほんの少しだけ軽くなった。