瓦礫の街






5





 今井、と名乗った武器屋の男は、SUGIZOとINORANに店の二階の一室を与えてくれた。
 物置代わりに使っているらしいその部屋を軽く掃除して、隅に片付けた荷物から二組の寝具を出して広げる。その部屋が二人の新しい居場所になるのに、そう長い時間はかからなかった。
 店番をしていた今井に昼食の用意を命じられて、悪戦苦闘しつつも慣れない家事に精を出し、今井に美味いと言われる程度のものを作れたことに胸を撫で下ろしたりもした。


 今井はどこまでも淡々とマイペースな男だと、話をするうちにそう感じたのは、二人共通だった。
 それも、マイペースなのは性格だけに留まらないらしい。
 昼食の片付けを終えると、今井は店へ降りずに二階奥の自室にこもってしまった。店は夕方までの昼休み、なのだそうだ。
 それで商売になるのか、と二人は心配したが、考えてみればラウルでもそういう店はあった。市場にはほとんど毎日、武器商を含む雑多な露店が並ぶ。それに対抗するために、人出が多くなる昼までと、露天商が店仕舞いする夕方からの二度に分けて店を開けるという方法を選ぶ者が、確かにいたのだ。今井もそういう経営方針を取っているのだろう。



 納得した二人はまず、当面の生活のためにも階下に降りて店内を見て回った。
 来た時にも見た商品の他に、カウンターの中や作業場らしい奥の部屋も、ざっと眺める程度に見て回る。

 今井一人でやっているはずの店は、隅々まで、とはいかないまでも綺麗に片付いていて、今井が実はマメな性格らしいことがうかがえる。武器の手入れや修理、改造に使うらしい道具も、使いやすい場所にきちんと整理されていた。
 SUGIZOはその道具を勝手に拝借して、多少は砂を被ってしまった愛用の銃の手入れをした。カザラに当面の居場所を作れたからと言って、安心はできない。銃はまだ手放せなかった。



 一通り店内を見てしまうと、またしても二人そろってすることがなくなる。
 さっきからINORANが欠伸を噛み殺していたことを知っていたSUGIZOは、INORANに二階で休むように言ってみた。
 考えてみれば、ラウルを飛び出した夜からここまで丸一日半ほど、二人とも一睡もしていない。
 神経が昂ぶっているのか、SUGIZOはまったく眠気を感じなかったが、反対に、元々がよく寝る性質だったINORANは、このくらいが限界らしい。


 ちょうど奥の部屋から今井が顔を覗かせたので、INORANを休ませることを告げて、SUGIZOは一人で店を出た。

「東は一番静かな時間だから邪魔すんなよ。それから、武器をちらつかせて歩いてんのは大抵コミュニティ軍だから、捕まりたくなきゃ周りに馴染んで大人しくしてた方がいい」

 煙草をくわえたままのんびりとそう忠告してくれる今井は相変わらずマイペース。幼い子供に転ばないよう気をつけろと言うのと大差ない口調で、そんな物騒なことを言う。
 その忠告をしっかり頭に入れて、SUGIZOは歩き出した。夕方と言うにはまだ早い、明るい陽射しの中へ。











 カザラ・コミュニティは、北部に首長一族の家が密集しており、あとの三方が一般住民の居住区になっている。
 コミュニティの中央を南北に走る大通り沿いが最も人出が多いのは、通りの両側に露店が並ぶからに他ならない。

 大通りを挟んで東には宿屋や飲食店、それに水商売の店が立ち並び、西には日用雑貨や食料品、武器、薬などの雑多な店が並ぶ。

 その構造は、この時代のコミュニティの特徴そのままで、今井の店を出てすぐ、SUGIZOはそのことを把握した。
 小規模とは言え、ラウルも似たような構造だったからである。


 道行く人の外見は、SUGIZOとINORANが悪目立ちするようなかけ離れたものではなく、SUGIZOはまずそのことに安心する。もっとも、カザラとラウルは隣接するコミュニティなのだから、そう大幅に人の見た目が変わるはずもないのだけれど。
 髪や瞳、肌の色、服装、体格。そういった点で目立ってしまっては、落ち着く暇もなくカザラを飛び出さなければならなくなる。



 大通りの西側、少し南寄りに位置するらしい今井の店を出たSUGIZOはまず、大通りを北へ向かった。

 露店が途切れた辺りで急に雰囲気が変わる。
 家並が変わり、周りを歩く人が変わった。
 それは、権力を握っている首長一族の居住区であることを示していた。
 どこか高級感のある服を身にまとう人々に混ざって、これ見よがしに武器をぶらさげて闊歩する者もいる。それが今井が言っていたコミュニティ軍であることは明白。

 今後の生活が安定するかどうか、まだまったく見えない状況だということを、SUGIZOはよく分かっていた。この先、カザラからも姿を消さなければならなくなるかもしれない。
 その可能性を考慮して、SUGIZOは街の大体の構造と四つあるゲートをすべて見て回ろうと思っていたのだが、この分だと北のゲートは警備が厳しそうに思えた。
 大通りを歩いている間にはほとんど見かけなかったコミュニティ軍の数が急に増えている。このまま北へ進んだら、更に数が増えそうな気がしたのだ。


 深入りしないうちに踵を返そうとしたが、その場で180度Uターンして不審がられるのも面倒なので、適当に角を曲がって、SUGIZOは東部に足を踏み入れた。

 そこは今井の言った通り、静かな空間だった。

 買い物帰りらしい女がいる。下働きらしい男がいる。遊んでいる子供がいる。

 けれど、その一帯は静かだった。

 軒を連ねる店の看板は派手なものばかりで、店ごとに種類の違う甘ったるい匂いが漂っている。
 夜の街独特の、甘いのに、すえた臭い。
 目には見えないそのにおいが、陽光に霞んでいるような。

 ただそれだけの空間だった。

 日が暮れれば、市場に代わってこの辺りが最も賑やかになるのだろう。



 北部と東部を見ただけでも、カザラの大きさを知るには充分だった。
 人の数の桁が違う。一軒一軒の家の大きさが違う。

 ただ。

 SUGIZOはほんの少し歩みを止めて辺りを見回した。
 なにが印象に残るかと考えても、なにも残らないのだ。

 人の多さ、物の多さ、大通りに満ちる活気。それは間違いなく豊かさの証。なのに、印象が薄い。



 ここも深入りする必要はないと見て、SUGIZOはひたすらに東の端を目指した。

 北のゲートは外から、南のゲートは外と内の両方を見たが、あとの二つはその規模すら目にしていなかったのだ。
 ゲートの大きさや警備体制だけ眺めてから移動しようと、SUGIZOは東のゲートへ向かった。


 ほどなく視界を塞いだ東のゲートは、SUGIZOとINORANが通った南のゲートのちょうど倍くらいの規模だった。
 ゲートを通る人の数は少ないが、警備に当たる者の数は多い。それがなにを意味しているのか、SUGIZOにはよく分からなかったけれど、ここを無断で越えることは難しいだろうと思えた。だからこそ、手薄な南のゲートを越える者が多いのだろう。



 では、西はどうか。

 SUGIZOはゲートの前を素通りして、適当な角を右へ折れた。あとは西のゲートが見えるまで、大通りを越えてまっすぐ行けばいい。


 ふと上げた視線の先で、西の空に傾きかけた太陽が、同じ方角に漂う雲に隠された。
 一雨来るかもしれない。

 長居は無用とばかりにSUGIZOは西を目指した。








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