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翌日、SUGIZOはかなりの寝坊をした。朝寝坊、と言える範囲を超えて、昼過ぎまで一度も目覚めることなく文字通り爆睡し続けていたのである。
その間、今井に任された店番と家事全般は、教会が自宅だっただけあって早起きに慣れているINORANが一人でこなしていた。ようやく目覚めたSUGIZOがかなりの罪悪感に苛まれたことは言うまでもない。
昨夜SUGIZOを散々慌てさせてくれた櫻井は、INORANが起きた時にはもういなかったという。開店準備と朝食の仕度を任されたINORANが今井から聞いた話では、櫻井は夜明け前には自宅へ帰るのだそうで。
今井はなぜか櫻井の休日を完璧に知っていて、次に櫻井が来るのは少し先になるから食事は当面三人分でいい、とも言われたとか。
INORANの態度は昨夜とはまた変わっていた。変わるというより、SUGIZOがよく知っているINORANに戻ったというべきか。
SUGIZOが戻ってきた時のように、それまでにないほど明るいわけではなく、その後のように極端に無口で無表情なわけでもない。ラウルにいた頃と同じ、すべてに対して控えめなINORANがいた。
だからこそ昨夜の態度の豹変も気になるところだったが、SUGIZOはひとまずそれを置いて、今井に仕事を教わることに専念した。
武器の整備ができるのは嘘ではないが、どんな種類の武器でもできるわけではない。今井の店で生まれて初めて見た武器もあるのだ。
今井の説明は丁寧とは言えなかったから、SUGIZOは時折口を挟んであれこれと質問しなければならなかった。
今井は夕方までずっと、店に並ぶ武器の手入れや改造の基礎をSUGIZOとINORANに教えてくれた。
そして夕方、店を開け直してすぐ。
「今井くん、迷子拾ったってー?」
昨夜今井に言われた通り、作業場に引っ込んでいたSUGIZOとINORANは、店先で響いた大声に顔を上げた。
「知ってたの」
「うん。本人から聞いたー」
無愛想なのにどこか楽しそうな今井の声も、二人がいる作業場へ届いた。その今井に応じる客の声も、なんとも楽しそうに響いてくる。
店の中へ、そして作業場へと近づいてくる客と今井の話し声にも、二人は警戒しなかった。その必要がないことを、二人ともちゃんと分かっていた。
「おーい、髪の黒いの、元気ー?」
程なく作業場の入口からかけられた声に、INORANが軽く頭を下げた。SUGIZOは黙って口元を緩める。
声の主は、SUGIZOが二度、INORANも一度世話になったhideだった。
昨日SUGIZOが話したことを覚えていて、さっそく様子を見に来た、といったところだろうか。
hideは、朝日の中で見た時とはまた違った色合いに見える紅の髪をかき上げてにやりと笑うと、二人に歩み寄ってきた。床に直接座り込んでいるSUGIZOとINORANの間にしゃがみ込む。
hideはまず、SUGIZOを下からのぞきこむように見上げて、なにが楽しいのか満面の笑みを浮かべた。次いでINORANの方へ顔を向け、おもむろに手を伸ばしてINORANの髪に触れる。さらりとその黒髪を撫でてから、SUGIZOに向けたのと同じ笑みをINORANにも向けると、今度は今井を振り返った。
「可愛がってる?」
「あっちゃんと武器の次くらいには」
今井が仏頂面で言うと、hideはまた口元の笑みを深くした。どうやらこの人は、少しでも楽しいことがあるとすぐ顔に出るらしい。
「で、用件は?」
「ん?」
今井が話を切り換えると、hideはくるりと瞳を輝かせて首を傾げてみせる。その仕草はなにも知らない子どものように見えた。
「わざわざ店に来た理由は? あっちゃんならいないよ」
「あ、そうなの? 休みじゃないんだ? じゃ、明後日でいいから配達お願い」
そう言ってhideは数種類の弾丸と、刃物の手入れに使う道具を幾つか注文した。明後日の午後、大通りに出している自分の店に届けてほしいという。
hideが今すぐに品物を買っていかないのをSUGIZOが不思議に思うそばで、今井が動いた。一度店に出て、いくらも経たないうちに戻ってきた今井は、明日、今井自身が留守にすることを告げた。
「仕入れに行かないと数が足りないから」
「たぶんそうだろうなーと思ったんだ。だから明後日でいいよって言ったの」
端的に説明する今井に、hideは相変わらず笑顔のままそう言う。どうやらhideはかなり今井のことを知っているらしい。
「店は開けておいていいんですか?」
ふと気づいてSUGIZOがそう聞くと、今井は髪をかきあげながら少し考え込んだ。
「……いや、休んでいい。明日か明後日辺りにコミュニティ軍の仕入れが来るはずだから」
「こいつらのこと隠しておくの?」
今井の言葉でSUGIZOとINORANの立場を把握したらしいhideが、今井にそう尋ねる。
他所者であるということは、隊商の者や他のコミュニティの使者でない限り、コミュニティ軍に見つかってはまずい存在だということ。
SUGIZOとINORANだけに店番をさせないということは、二人が他所者だと今井が理解していることを示す。
ごく簡単な会話から目敏くそういった細かい情報を見つけ出すhideは、頭の回転がいいのだろう。
もっとも、そうでもなければ隊商を率いることなどできないのかもしれないが。
「当面はその方が利口でしょ」
「いつまで隠しておくの?」
「とりあえずこいつらが武器の扱い全部覚えるまで、かな」
簡単にのんびりと答える今井に、hideもあっさりとうなずく。けれどその瞳は深い色を宿して、hideが実は頭の中で忙しく様々なことを考えていることを示していた。
なにを考えているのかいまいち判断しづらい今井や櫻井も侮れないが、hideもまた、ただの明るい人ではないのだとわかる。
人を疑うことはなるべくならしたくないとSUGIZOは思っているし、世話になっている目の前の人たちを疑う気持ちは今のところない。けれど、侮れない相手に完全に心を開く気にも、今はまだなれなかった。
SUGIZOが内心でわずかに気を引きしめた時、店のドアが開く音がした。
今井が黙ったままゆっくりと作業場を出て行く。
「今井さーん?」
店から若い男の声が今井を呼ぶ。
声は低いものの、ずいぶんと軽い調子のその声に、SUGIZOは思わず店の方を振り返った。そうしたところで店と作業場は互いに覗き見ることができないようになっているから、今井を呼んだ男を見ることはかなわないのだけれど。
そのSUGIZOの目の前で、なんとも楽しそうな表情のhideが動いた。店へ出た今井の後を追って、足早に歩いていってしまう。
「そんなでかい声で呼ばなくても聞こえてる」
言葉のわりには不機嫌そうに聞こえない今井の声が作業場まで届く。
「あ、hideさんがいる」
今井の言葉に軽く笑った客の声が一段と弾んで、hideが店に出たことがわかる。
「おー、久しぶり。相変わらず逃げ回ってんの、お前」
そのhideの言葉が、SUGIZOの記憶を揺さぶった。
逃げ回る。
それは昨夜SUGIZOがそうせざるを得なかった行動であり、同時にJを含む男たちがやっていたことでもあった。
「逃げてんじゃなくて、隠れてるだけっすよ」
「途中で見つかったら逃げるんだろ?」
「そうですけど」
拗ねたような言葉を並べてhideに言い返す客の声は、昨夜聞いた男の声によく似ている。
なんとかこちらの姿を見られずに客の顔を見ようと、SUGIZOは立ち上がって作業場の入口に近づいた。そこまで行けば店の中が半分くらい見える。
「今井さん、これちょっと調子悪いんで見てもらえます?」
男の声が少し改まって、言葉と一緒に重い物がカウンターに置かれる音がする。ドアの陰に隠れるようにして立っているSUGIZOの耳に、その声と音は作業場にいる時よりずいぶん近く聞こえた。
「どう調子悪いんだよ」
「弾が走る時の感触がおかしいんですよ。変な雑音が混ざってるような……」
銃器の調整を今井に頼む男の声の後には、少しの沈黙が続いた。自然、ドアの陰に立つSUGIZOも息を殺してしまう。
「……分解しねぇとわからねぇな。代わり、好きなの持ってけ。明後日にはできる」
男から渡された銃器を眺めていたらしい今井の返答はあっさりしたものだった。
「よろしく。お代、置いてった方がいいっすか?」
「代わりの弾が要るならその分だけ」
今井の言葉の後に、重い足音が続いた。店内を少し歩き回ったその足音はまたカウンター近くまで戻って止まり、男の声が再び聴こえた。
「じゃあ、これお借りします」
今井に預ける銃と同じ弾丸を使えるものを選んだのか、男の声の後に今井の言葉は続かず、会話はそこで途切れた。
SUGIZOは、そこまで様子をうかがってから身を翻した。カウンターの後ろ、今井の背後からゆっくりと店へ出る。
目の前には、カウンターに座る今井の背中と、その向こうに立つhide。
そしてhideの隣に、昨夜SUGIZOの手を引いて走っていた、金髪の男の姿があった。