瓦礫の街






13





 翌日から数日間、SUGIZOとINORANは今井の家から一歩も出ない生活を続けた。食料や日用品は今井が適当に買ってくるもので間に合うし、二人とも特に不自由はなかった。

 今井が言った通り、hideとJが店に来た翌日、今井の留守中にコミュニティ軍らしき人物の影が店の前に見えた。二階の窓からそれを見ていたSUGIZOには気づかなかったようで、その人影は店が休みと知るとそのまま引き返していった。今井の読みは正確だったというわけだ。
 更にその翌日、Jが預けていた銃を取りに来たが、それはSUGIZOとINORANが二階で夕食の仕度をしている間に今井が対応していた。



 そして、SUGIZOとINORANがカザラに着いてから一週間ほど経った日、今井からお許しが出た。外へ出てもいい、というのだ。

 その言葉に、INORANがまず動いた。今井が買ってくる食料では作れる料理が偏る、と困っていたのだ。
 実際、今井が手に入れてくるのは少しの調理ですぐ酒の肴になりそうなものばかり。毎夜グラスと酒瓶を傾ける今井にはそれで充分なのだろう。しかし、ラウルを出た後の強行軍の疲れが抜けてやっと体調が落ち着いたばかりのSUGIZOとINORANにはいまいち足りなかったのだ。
 今井に買い物を任せていては埒が明かないと、INORANはお許しが出ると同時に街へ出て行った。



 INORANが大量の食材を抱えて帰って来るのを待って、入れ替わりにSUGIZOが出かけた。
 服がもう少し欲しかったし、西のゲートの向こうにある死んだ街へ行きたいという気持ちもあったが、それより先に人を探したかった。

 真矢である。

 なにを生業にしているのか、どの辺りに住んでいるのか、名前と顔以外にはなにもわからない。けれど、とりあえずもう一度会っておきたかった。

 コミュニティの住人の情報など、どこへ行けば得られるのかSUGIZOは知らない。
 ラウルでは誰もが住人同士のことをよく知っていたから、どこかへ住人のことを調べに行く必要がなかったのだ。恐らく、首長の家であればなにかしら住人の情報をまとめたものがあったのだろうが、そんなものを見るまでもなかった。
 だからと言って、カザラの首長のところへ行って住人の資料を見せてくれ、などと言うわけにはいかなかった。他所者であるSUGIZOに、その行動はそのまま命取りになりかねない。

 ただ、毎日のように入れ替わり店を並べる隊商とその客で賑わう大通りに出れば、噂話が山とあふれていることは知っていた。真矢が有名人であれば、噂でも一つくらいは話が拾える可能性はあった。客に聞いて回ってもいいだろう。
 ラウルよりもずっと人口の多いカザラで、それは楽観的過ぎる考えかもしれないけれど。

 まずは行ってみて、それから考えよう。SUGIZOはそう思いながら大通りへ出た。

 否、出ようとした。
 あと三歩も行けば大通り、というところで、それはSUGIZOの視界をかすめた。

 夜闇の中で見たのとは少し違って見える、銀の髪。

「真矢!?」

 人込みに紛れてしまいそうなその色を見失わないように走って、SUGIZOは声を上げた。

 見間違えるはずがなかった。
 Jくらいの金髪ならまだ他にもいるが、真矢のような銀髪は一週間ほど前に見た昼のカザラの中では見かけなかった。体格や後ろ姿も記憶と綺麗に重なる。人違いだとしても真矢とまったく無関係の人とは思えなかった。

 SUGIZOの声に反応して足を止めた銀髪の男が、左右を見回している。その肩を、SUGIZOは後ろから叩いた。

 一瞬驚いたように振り返ったのは、やはり真矢だった。真矢の方もSUGIZOを覚えていたのだろう、すぐに相好を崩してSUGIZOの両肩を痛いくらいに叩いてきた。

「無事だったか。よかったよかった」
「あの時はありがとう。助かった」

 軽く弾んだ息を整えながらSUGIZOが頭を下げると、真矢は大声で笑って、気にするな、とまたSUGIZOの肩を叩いた。

 昼の光の下で見る真矢の顔は、記憶に残る闇の中のそれと綺麗に重なる。
 若いことはわかる。
 だが、ちょうど20歳のSUGIZO自身と比べて年上なのか年下なのか、そもそも何歳くらいなのかすら、よくわからない。真矢はそんな、年齢不詳の顔立ちをしていた。屈託のない笑顔が、その印象を幾分幼いものに変えさせてくれる。

「そうだ、次に会ったら名前聞くって言ったよな」

 真矢がぽんと手を打って、SUGIZOの顔をまじまじと見つめてくる。
 そう言えばあの時、SUGIZOは名乗る暇もなく真矢に背中を押されたのだ。次に会ったら名前を聞く、と別れ際に言われたことは、SUGIZOの記憶にも残っている。

「俺はSUGIZO」
「SUGIZO、ね。」

 口の中で幾度かSUGIZOの名を転がしていた真矢が、ふと顔を上げてもう一度じっとSUGIZOを見つめてきた。今度はなんだ、と首をひねるSUGIZOの前で、真矢は大きく溜息をつく。

「お前さんねぇ、なんでそんなに細いのよ?」

 SUGIZOを上から下までじっくり眺め回した真矢の言葉に、SUGIZOは戸惑ってしまう。
 太っているとは自分でも思わないが、だからといって痩せすぎとも思ったことがなかったのだ。ラウルに残してきた両親も太っても痩せてもいない人並みの体型に見えていたし、その子であるSUGIZO自身も似たようなものだと思っていたのだけれど。

「細い……かなぁ?」
「ものすっごく細いだろ! 見ろよ、お前と俺の首とか腕の太さの違い! な!?」

 呟いた途端、真矢の怒涛の否定をくらってしまう。あまりの勢いにつられて、SUGIZOはまじまじと真矢の体型を観察してしまった。

 言われてみれば、真矢は決して細くはない。がっしりしていると言えば聞こえはいいだろうが、正直なところ少し肉付きが良すぎる感じもする。カザラに来て出会ったhideや今井、Jや櫻井と比べても、真矢は身長の割にちょっと太めに見えた。
 そんな体格の持ち主からすれば、SUGIZOは確かに細い。

「羨ましい?」

 唐突に体型を話題にした真矢の意図をとりあえずそんなふうに解釈してみたら、これまた真矢に大きな溜息をつかれることになった。SUGIZOの読みは大幅に外れたらしい。

「誰が羨んでるなんて言った? 怒ってんの、俺は。もうちょっと真面目に食べなさいよ、お前は。余分の肉なんて少しあるくらいがちょうどいいんだぞ?」
「……ほぼ初対面の人にいきなり説教されたのなんか初めてだ」

 真剣に眉根を寄せて言い募る真矢から、嫌味っぽさなどは微塵も感じられない。一度会っただけである上に恐らく迷惑もかけたはずのSUGIZOを相手に、真矢は本気で心配してくれているようだった。実際、怒気を含んだ真矢の言葉は圧力こそあるものの、SUGIZOの心を荒ませてはいない。むしろどこか温かさすら感じて、SUGIZOは小さく笑った。

「ああ、悪い悪い。お前みたいに細い男ってのも滅多に見ないから、ついつい」

 SUGIZOが微笑んだのを見て、真矢も表情を緩める。

「で、どうだ。ちょっとは道も覚えたか?」
「……夜はまだ自信ない」

 真矢が変えた話題に、SUGIZOはわずかに身体を強張らせた。

 夜は、どころではない。あの日以来SUGIZOが今井の店から出たのは今日が初めてだから、夜はもちろん昼も出歩いてなどいない。だから、本当は昼でも自信があるとは言い難いのだ。
 ただ、それを真矢に話してもいいものかどうか。SUGIZOは少しだけ迷って、慎重に言葉を選んだ。

「なら、あの辺は避けた方がいい。カザラの中でも一番入り組んでる一帯だからな」

 真矢はそんなSUGIZOの思いに気づかなかったようで、あっさりとそんな忠告を添えてくれる。
 そうだったのか、と納得したSUGIZOはふと、その入り組んだ一帯の奥にいる青年を思い出した。西のゲートを越えた先のあの死んだ街も、真矢の言う「入り組んだ一帯」に入るのだろうか。

「なぁ、西の奥の方にある廃墟って、カザラの一部なの?」

 西側の一角で真矢と出会ったのだから、その先をSUGIZOが見てきたことを話しても怪しまれることはないだろう。そう踏んで、SUGIZOは真矢に聞いてみた。西のゲートの奥にまで足を踏み入れたことだけ伏せておけば、ゲートを見たこと自体は話しても大丈夫だろうと思ったのだ。
 真矢はすぐに、あれはカザラとは別物だと否定した。SUGIZOを単に好奇心旺盛な人とでも思ったのか、丁寧に解説までしてくれる。

「あの廃墟の入口らしいのを西のゲートって言ってるだけで、実際はゲートの役割を果たしていないんだ。誰もいなかっただろ?」

 確かに、コミュニティへの人の出入りを管理するゲートというには人の気配がなさすぎる場所だった。SUGIZOがうなずくと、真矢は腕組みして眉間に皺を寄せ、考え込むようにうなってから再び口を開いた。

「なんていうんだっけなぁ……テーマパークとかって言われてた物らしいけど、俺もよく知らないんだよ」

 テーマパーク、という言葉はSUGIZOの中にも存在しない。とにかく広大な土地を使ったなにかの施設の跡、ということは実際に見てきたからわかるが、それ以上のことがまったくわからない。例えばその施設がなにを目的にしたものだったのか、それすら判断できないのだ。しかしそれは、カザラの住人である真矢も同じことらしい。

「人工物の廃墟ってのは気味悪く思うヤツも多くて、住人総出でぶっ壊すって話もあったんだ。でも、その向こうにあるコミュニティが襲撃してくる時にあの廃墟を避けてくるから、こっちも迎撃の準備をする時間が稼げるわけ。ちょうどいいからそのまんま放置してあるんだわ」

 あの死んだ街を挟んでカザラの西側というと、SUGIZOが知識として持っている範囲ではノウラというコミュニティが相当する。

 カザラは東西へ伸びるラインと呼ばれる街道の中継点として栄えるコミュニティである。
 大規模なコミュニティはライン同士の交差点にある場合がほとんどだが、交差点同士の開きがある場合はカザラのように中継点が栄えることもある。

 ノウラ・コミュニティは、SUGIZOの知識の中でかなり凶暴な住人の巣窟と定義されている。水が乏しいため、近隣のコミュニティを水目当てに襲い続けていると聞いた覚えがあった。
 それもそのはずで、ノウラの北には南北に岩山が連なっている。SUGIZOとINORANがカザラへ向かう途中、西にずっと見ていた山々がそれである。その山並を挟んで東側はラウルやカザラを含む砂漠。そして岩山の西側は、直進しても抜けるまで一月近くもかかると言われる大砂漠が広がるのだ。オアシスは点在するし、それをつなぐラインも整備されつつあるが、それでも砂漠越えは命がけとされている。
 必然的にノウラは、襲撃しやすい岩山の東側のコミュニティに狙いを定める、というわけだ。その中には、ノウラからラインを東進すること3日ほどのカザラも含まれるのだろう。

「あそこって、誰も住んでないの?」

 真矢の説明にうなずいてみせてから、SUGIZOはそう聞いてみた。
 実際はRYUICHIがあの死んだ街に住んでいることを知っているのだが、カザラの住人である真矢がそれを知っているとは限らない。

「誰も住んでないとは思うけど、住みつくとしたらそれこそ、南からのお客さんだろうなぁ」

 真矢はそれまでよりずっと小さな声でそう言った。南からのお客さん、つまりSUGIZOやINORANのようにカザラに潜り込んだ他所者のことである。

 RYUICHIも、自分たちと同じ他所者なのだろうか。

 回り始めると止まらないSUGIZOの思考は、RYUICHIにもう一度会いたいと思う気持ちを募らせた。








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