瓦礫の街






16





 雨は強くはならず、けれど止むこともなく降り続いていた。
 SUGIZOとRYUICHIは、廃墟の軒下で膝を抱えて座り込み、様々な話に興じていた。RYUICHIもSUGIZOも自身のことはあまり話さなかったが、少なくともSUGIZOはそのことに安堵していたし満足もしていた。

 二人が唯一話したのは、年齢のことだった。

「え、まだそんなに若いの? もっと上かと思ってた」

 SUGIZOが20歳だと話すとRYUICHIは心底驚いた顔でそう言った。それは老けていると言いたいのか、とSUGIZOが内心落ち込みかけたのも、RYUICHIには気にならないらしい。意外と年が近かったんだね、などと言いながら、人好きのする笑みをSUGIZOに向けてくれた。

 そのRYUICHIは、18歳なのだという。INORANとJの1年下で、SUGIZOとは2年違いになる。

「同じ言葉を返そうか? 俺はRYUがもっと下だと思ってたよ」

 18歳と言うには、RYUICHIの言動はあまりに幼い。決して数多くの子供を知っているわけではないSUGIZOから見てさえ、RYUICHIは幼さを残していた。

「しょうがないじゃない、ずっと独りでいたんだから」

 SUGIZOの考えが読めたのか、RYUICHIは大人びた色を声に混ぜて、呟くように言った。

 どのくらい前からここにいるのか。いつから独りなのか。
 そんなことを話してはくれなかったが、RYUICHIがここに暮らすようになってから少なくとも数年は経っているだろう。SUGIZOはそう見当をつける。

 独りでいる、ということは、まず話相手がいないということ。独りで思いに耽ろうと、考えに沈もうと、疑問に悩もうと、応える者は自分の心のみで、誰もいないということだ。
 そんな環境では、他人からなにかを学ぶ機会がない。身体ばかりが成熟していく中で、心は幼いままに取り残される。
 そんな危うい均衡を保って、RYUICHIはSUGIZOの前で笑う。その笑みは、すべてを知っている大人のようにも、なにも知らない子供のようにも見えた。

「俺が、寂しい思いをしてきたと思ってる?」

 不意に、RYUICHIがそう問うてきた。
 その視線はSUGIZOには向けられず、ただ砂に吸い込まれる雨を見ている。

「……少なくとも、毎日ものすごく忙しいってことはなさそうだと思ってる」

 同じように雨を見つめて、SUGIZOは答えた。
 この死んだ街で、RYUICHIが日々なにをして過ごしているのかはわからない。だが、独りでいるというからには、例えばカザラに入り込んでなにか仕事をしているふうではなさそうだった。

「そうだね、忙しくはないけど……寂しさはないなぁ。いつも歌ってるから」

 RYUICHIはわずかに目を細めて、つぶやくように言った。

 それはきっと事実なのだろう。
 ただ、自分の声ばかりが空気に溶けていき、応える者もないという状態は、SUGIZOにはどう考えても寂しそうにしか思えなかった。

 SUGIZOの考えを知ってか知らずか、RYUICHIは小さな声でまた歌い始めた。
 生来、通りのいい声を持っているのだろう。声そのものは小さいのに、かすかな歌はどこまでも響いていくようだった。

 初めて逢った時やさっきとは違う歌が、濃くなっていく暮色をかすませるような雨に、溶けていく。

 それは、SUGIZOも見たことのないような、緑の草原と森に遊ぶ子供の姿を歌った歌だった。
 砂と岩に囲まれて育ったSUGIZOには、想像でしか見られない景色。
 けれどRYUICHIの歌によって引き出された想像の草原は、これまで思い描いたどんなものよりも鮮やかな色を見せた。











 雨は、夕闇が色濃くなると共に上がっていった。
 また道がわからなくなる前に、と西の廃墟を出たSUGIZOは、まっすぐにカザラの大通りへ向かった。一度大通りに出ないと、今井の店の場所がわからないのだ。真矢に言われた通り、カザラの西部はずいぶんと入り組んだ構造になっていて、わかりづらい。暗くなってからはよけいにわからなくなる。
 SUGIZOが大通りに足を踏み入れた頃には、通りに面した店先に明かりが灯されていた。

 まだ服や髪に湿り気を残したままのSUGIZOが店に戻ると、カウンターでINORANをかまっているhideが振り返った。

「あ、お帰り」
「おー、どこ行ってたんだー?」

 INORANの声を遮るように、hideがこっちへ来いと手を振る。断る理由もないSUGIZOは、カウンターに歩み寄りながら答えをはぐらかした。

「hideさんこそ、どうしたんですか? また仕入れ?」
「いや、ご挨拶。と、お誘い」

 挨拶とhideは言った。だが、なんの挨拶なのかSUGIZOにはわからない。
 それが顔に出ていたのか、hideは人好きのする笑みを浮かべて、まだ水気を含んだSUGIZOの髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

「予定より早いんだけどな、明日ここを発つからお別れのご挨拶」

 SUGIZOの抵抗をものともせずに、hideは言い終わるまでSUGIZOの髪から手を離さなかった。言い終わった頃にはSUGIZOの動きが止まっている。それさえも見越されていたのかと思うと少々悔しいが、SUGIZOはその思いを隅に押しやった。

 明日、hideは自らの隊商を率いて、カザラを出る。

 告げられたのはそういうことだ。
 思えば、一般的な隊商が一つのコミュニティに留まる期間は、そう長くはない。
 SUGIZOとINORANの二人に手を貸してくれたhideの隊商は、二人と同時にカザラに入っている。その日から半月が経過した。半月は、隊商の滞在期間として長くはないし、短くもない。
 予定より早いということは、hideの隊商はもう少し長くあちこちのコミュニティに滞在するのが常なのかもしれないが。あるいは、今井や櫻井やJのいるこのカザラだけはいつも長期滞在している可能性もある。それが今回はたまたま半月ほどで発つことになっただけかもしれない。

 いずれにせよ、hideは明日にはいなくなるということだけは確実らしい。
 SUGIZOはかき回された髪を手ぐしで直しながらゆっくりと視線を上げた。その先には、自分よりずっと年下にも見えかねないhideの悪戯な笑顔がある。
 その笑顔が、明日からはなくなるのだ。

「今度は、どこへ?」
「とりあえず東へ。そこから先は俺の気分次第で適当に変わるから、次にカザラに来るのがいつになるかはわからない」

 気分一つで隊商全体の行き先を決める。
 それが様々な危険性を含むということくらいは、SUGIZOにも想像がつく。

 向かうコミュニティを次の次のそのまた次くらいまでは決めておかなければ、商売や食糧の計画が立てられない。ラウルに出入りしていた隊商の者から、昔そんな話を聞いた覚えがSUGIZOにはあった。
 隊員の体力、食糧、連れて歩く馬などの動物の状態、次のコミュニティまでの道程、そこに潜む危険。そういった数々の条件を考慮してたどる道を考えなければならない。
 加えて、似たような品物を扱う他の隊商と一つのコミュニティで鉢合わせては商売が立ち行かなくなる可能性もある。つまりは、雑多な情報のすべてを細かく検討しないと商売にならないはずなのだ。

 それなのにhideは簡単に、当面向かう方角しか決めていないと笑う。
 なにも考えていないのか、あるいはすべてを考えた上であえてなにも考えていない振りをしているのか。SUGIZOには判断できなかった。

「で、門出を祝ってもらおうと思って今井くんを誘いに来たんだけど、いないっていうからどうしようかと思って」

 hideはINORANを振り返ってそう続けた。INORANがカウンターの向こうで小さくうなずく。今井が不在ということは、夕食は何人分作ればいいのだろうかとSUGIZOは考えかけて、すぐに頭を切り換えた。
 今は不在でも、帰ってきた今井にhideの言葉を伝えれば今井はすぐに出ていくだろう。外にいる間にhideや隊商の誰かと遭遇すれば、そのまま連行されるだろうことは疑いようもない。
 SUGIZOは、今井が戻ってくればhideの言葉を伝えると約束した。

「あれ、冷たいなー、俺にお別れのキスはしてくれないの?」

 二階で着替えてこようと思って足を踏み出したSUGIZOを、hideのその一言が止めた。

「冗談にしても質悪いですよ」

 笑って逃げようとするSUGIZOを、hideはまたも髪をかき回すことでつかまえた。

「まあキスは冗談だけどね。ちゃんとお前らの顔見てから出発したかったから、お前らが店番しててよかったよ」

 言葉の終わりの声に少しの真剣さを混ぜて、hideは顔から笑みを消した。

「実はさ、最初はカザラから北へ行こうと思ってたんだよ。行ったことがなかったから」

 カザラの北。
 その言葉に、SUGIZOもINORANもわずかに顔を強張らせた。

 二人が飛び出してきた生まれ故郷は、カザラから北へ丸一日ほどの、ラウル・コミュニティである。だが、首長派と反対派にコミュニティを二分しての争いを抜け出してきたことは、hideには話していない。感情の揺れを露骨に顔に出してしまうわけにはいかなかった。

 二人の様子に気づいているのかどうか、まったく表情を変えないまま、hideは先を続ける。

「で、カザラで商売してる間にうちの人を数人、下調べに行かせたわけ。ところがそいつらは『今の北では商売にならない』という知らせを持ってきた。なにかあったんだろうな」

 隊商が商売にならないと判断するのは、コミュニティが荒れている場合である。それが、人が寄りつかないためでも、戦乱のためでも、荒れているという事実に変わりがなければ、隊商にとっては同じこと。商売をする相手がおり、その相手が金銭を使う余裕を持っていなければ、商売にならない。
 カザラの北のコミュニティが、そんな状態にあるというのだ。

 カザラの北、つまり、ラウル・コミュニティが。

「ま、それで北へ向かうのをあきらめて、ライン沿いに東へ行こうと決まったわけ」

 話をしめくくったhideは、険しかった表情を一気に崩して笑った。

「なんで俺たちに、北のコミュニティの話を……?」

 やっと髪から手を離してもらえたSUGIZOは、hideの笑顔に合わせて口元を緩める余裕すらないまま、呟くように問うた。

「東へ行く理由を説明しただけ」

 それ以上の意味を持たせる気はないとでもいうつもりか、hideは笑顔を崩さずに答える。けれど、その笑顔の中で眼光だけが笑っていないことを、SUGIZOは見てとっていた。

「じゃ、俺は飲みに行ってるから、今井くんが帰ってきたらそう伝えておいて」

 まだ表情を強張らせたままのSUGIZOとINORANに、hideはひらりと手を振って背を向けた。

 その背中に問いたいことがたくさんあるはずなのに、SUGIZOの口は一つの言葉ももらさなかった。










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