17
カザラの大通りからhideの隊商のテントが消えて数日。SUGIZOとINORANは特に大きな変化もない生活を送っていた。
外出してコミュニティ軍を見かけた時と、そのコミュニティ軍の者が今井の店に来た時だけは相変わらず緊張する。だが、それだけだった。
店が恒例の午後休みに入ると、SUGIZOはほとんど毎日外へ出かけた。カザラの内部に関しては、食材の買出し以外では滅多に外出しないINORANより詳しいだろう。
以前迷って真矢に助けられた西側も、半分くらいは道を覚えた。逆に、東側へはなるべく行かないようにしていた。櫻井に発見されると店に引っ張り込まれそうだからであって、買い物などの用事があれば東側に足を踏み入れることもあるのだけれど。
そうして出かけた先で、SUGIZOはある時、しばらく見かけなかったJの背中を見つけた。
カザラの中、今井の店以外の場所でJを見かけたのは、これで二度目である。Jは外では滅多に見かけない存在だった。
大通りの西とは言え、その場所は厳重な警戒が敷かれる北側にかなり近かった。裏通りにもコミュニティ軍の目があるかもしれないようなところである。
Jはただ、少し猫背気味の見慣れた姿勢のまま、そこに立っているだけだった。
辺りを警戒している雰囲気はまったくない。今SUGIZOが足音を忍ばせて背後から近寄っても、相当近くに行くまで気づかないだろう。それほどに、Jは無防備な背中をさらしていた。
Jに声をかけようかと迷うSUGIZOの視界の隅に、不意に白いものが映った。思わず身体を強張らせたSUGIZOは、その白いものの正体を見て、すぐに緊張を解く。
それは、真っ白い服だった。
正確には、白い服をまとった女性。
波打つ長い黒髪が覆う、少女と言うには少し大人びた横顔が、SUGIZOの視界を横切った。上がる息を隠そうともせずに彼女が駆けていくその先には、Jの背中がある。
白い人影を目で追ったSUGIZOは、彼女が走るそのままの勢いでJにしがみつくのを見た。Jの方も足音で分かっていたのか、振り向いて彼女の身体を抱き止めた。
その姿勢のまま動かなかった二人は、少ししてなにかを話し始めた。決して小さ過ぎるわけではない声は、SUGIZOがいる建物の陰まで届いてくる。ただ、話している内容までは聞き取れない。
盗み聞きなどしては悪いかと思いつつも、SUGIZOはなんとなくその場を離れられずにいた。むしろ、近づこうかどうしようかと迷っている。
原因は、Jではなく女性の方だった。
長い黒髪と白い服、それによく見れば裸足のままの女性は、服の色のせいもあってか、清楚な印象があった。この格好のまま大通りを歩いたら、さぞかし人目を引くだろう。
裾が長く、袖もたっぷりした、女性の白い服の意味に、SUGIZOは不意に気づいた。
四方を砂に囲まれたカザラで、全く汚れていない白をまとう者はまずいない。
それはラウルでも同じことで、大抵の者は茶系の色ばかりを身にまとう。原色をまとう者は夜の街に生きる者であることが多い。原色ではないが人目を引く鮮やかな色をまとい、金銀などの光を放つものを添えるのは首長とその一族。
この時代、これらの法則はほとんどのコミュニティに当てはまる。SUGIZOにそう教えてくれたのは、ラウルに出入りしていた隊商の男たちだった。
ならば、Jに駆け寄った女性のまとう白の意味はなんなのか。
SUGIZOが隊商の男たちに教わった法則の中で最も近いのは、女性が首長の一族であるという可能性。
そしてもう一つの可能性は。
「巫女……か?」
女性の、砂を踏んでもほとんど汚れているように見えない素足が、その答えを導き出した。
ラウルでは、聖職者はINORANの養い親である教会の神父一人だった。
どのコミュニティにも似たような聖職者がおり、それは大抵の場合、首長直属でかなりの権力を有している。事実、ラウルの神父もコミュニティの統治に関して首長に直接意見することが許される立場だった。
ただ、聖職者が仕える対象が、コミュニティによって違うのだ。
例えばラウルでは、旧時代にも多くの信者を持っていたとされる宗教の名残をそのまま信仰対象としていた。
ところがそのラウルに最も近いカザラには教会はなく神父もいない。あるのは神殿であり、祀られているのは女神であり、仕えるのは巫女であるという。
そして、その巫女は常に素足である、と。
これも隊商の男たちに教わったことの一つだった。
ラウルの神父は、彼にのみ許された漆黒をまとっていた。カザラの巫女に、同様に純白が許されている可能性は充分にある。
しかし、Jに駆け寄った女性がもし巫女であるとしたら、その巫女とJの関係はなんなのか。それがSUGIZOにはわからなかった。
Jには初めて会った時にもこんなことをしていた、と思いながらも、SUGIZOは息を殺して物陰から物陰へと移動する。
二人がどんなことを話すのか、確かめてみたかった。
「――――――!」
突然、女性の声が大きくなった。しかし言葉は聞き取れない。
「……わかってる。ちゃんとわかってるよ」
「―――……―――――!」
応えるJの言葉は聞き取れたが、会話の内容まではわからなかった。ただ、女性の声は悲痛さを増し、反対にJの声はあくまでも落ち着いている。
「ああ、それもわかってる。それでも、ここで止まっちまうわけにいかねぇから」
女性が、Jの胸に何度も拳を叩きつける。Jはそれ以上なにも言わずに、ただ拳を受け止めて女性を抱きしめていた。
その光景はまるで、故あって別れなければならない恋人たちのようだった。