瓦礫の街






19





 カザラの西の廃墟で、SUGIZOは雨に濡れながら、同じように雨に濡れているRYUICHIのが話し出すのを待っていた。雨を避けずに話すのは、初めてだった。

 家族がいないこと、ここに独りで住んでいること、年が18であること。

 RYUICHIについてSUGIZOが知っているのは、たったこれだけだった。
 確かに、RYUICHIから聞いていないことはまだたくさんあるだろう。その中でどんなことをどこまで話してくれるのかは分からないが、SUGIZOはとりあえず聞くだけ聞いてみようと思っていた。
 ラウルでずっと一緒に育ってきたINORANは口数が少なく、言いたいことも滅多に言わない子供だった。だから余計に、なにかを話したがっている相手の言葉は、まず聞かなければ、とSUGIZOは思う。

「俺が話したこと、全部信じてる?」

 不意にRYUICHIが言った。

「嘘だよ。ここのことと、俺がここに独りでいることは本当。でも、俺の年齢や過去、家族がいないことは嘘……本当かもしれない、嘘なんだ」
「意味が分からないよ……どういうこと?」

 感情の見えない声で話すRYUICHIの言葉の意味は、実際SUGIZOにはよく分からなかった。
 分からないからSUGIZOはRYUICHIをじっと見つめる。景色が霞むほどの雨は、目の前にいるRYUICHIの表情までは隠さない。けれど、今のRYUICHIは無表情で、そこからはなにも読み取れなかった。
 RYUICHIはゆっくりと口を開く。

「俺ね、数年前からの記憶しかないんだ。ある隊商に拾ってもらったんだけど、その少し前からの記憶しかない」

 初めて知るRYUICHIの過去に、SUGIZOはどう反応したらいいかわからず、ただ黙ってRYUICHIを見つめた。

「本当は、覚えてることはあるんだ。大人が俺よりずっと大きかった頃の記憶も、少しはある。でも隊商に拾われるまで、どこでどんな風に誰と暮らしてたかを、ちゃんと覚えてはいない。だから、記憶がないっていうのとは少し違うのかもしれないけど」

 たしかにそれは、突然の事故などによる記憶喪失とは違うものだろう。
 けれど、RYUICHIの記憶の希薄さをなんと言えばいいのか、SUGIZOには分からない。
 分からないから黙ったままのSUGIZOをちらりと見て、RYUICHIは話を続けた。

「拾われた時、名前と年齢しか言えなかった。相手の言うことは一応分かるんだけどね。名前と年齢以外のことをあれこれ聞かれても、答えられなかった。しばらくはそれで悩んだよ。少しずつでも覚えてることはあるのに、どうして説明できないんだろうって」

 RYUICHIの顔に、今日初めて感情が見えた。少なくともSUGIZOにはそう見えた。
 相手に自分を伝える術を持たなかったRYUICHIが感じていたであろう、もどかしさ。
 わずかに顰められた眉に、細められた目に、それが見える気がした。

「でも、それも少ししたらどうでもよくなった。覚えてないのはきっと、覚えておく価値のないことだったんだって思うようになったんだ」

 わざとだろうか、少し明るさを取り戻した声で言うRYUICHIに、SUGIZOはやはりなにも言えずにいた。

 RYUICHIの記憶が少ないのは、たしかに記憶喪失ではない。記憶してこなかった、ということなのだろう。
 ただ、それをRYUICHI自身が望んだとは思えないのだ。
 残したくない記憶ほど残すのが人間の脳というものだ。だから、記憶に残らないということは、RYUICHIが望んだわけではないとしかSUGIZOには思えなかった。
 どうでもいい、と話すRYUICHIの表情に、ほんの少し寂しさにも似た感情が見えるから。
 SUGIZOがそんな風に思っているのを分かっていないのか、RYUICHIはどこかわざとらしさの抜けない口調で更に続ける。

「誰とどこでなにして生活してたとしても、俺にはそれは意味も価値もないことだったんだろうなって思う。実際、言葉をほとんど知らなかった俺に根気強く言葉を教えてくれたのは、拾ってくれた隊商の人たちだったしね。他にも色々教えてくれた。砂漠を渡るための備えとか、戦い方とか、人に失礼にならない接し方とか。教えてくれたのは全部、隊商の人たちだったんだ」

 そこまで言うと、RYUICHIは軽く溜息をついた。隊商の話になった辺りから少しだけ和らぎ始めた表情のまま。
 その表情は、隊商に拾われてからのRYUICHIが、それなりに幸せだったことを物語っているように、SUGIZOには思えた。隊商に拾われるまでの時間とはまったく違う、記憶しておきたい時間だったのだろう。

 しかし、SUGIZOにはまだRYUICHIについて分からないことの方が多かった。
 隊商に拾われた頃から記憶していることが多くなったと言うが、その隊商に拾われたのは今からどれくらい前のことなのか。
 それに、隊商に拾われたと言うRYUICHIは今、この廃墟に独りでいる。ならば、RYUICHIはその隊商から離れたということだろうか。もしそうだとしたら、何故。
 RYUICHIは黙って、びしょ濡れの木馬の首を撫でている。話は一段落したらしい。
 SUGIZOはRYUICHIをじっと見つめたまま、口を開いた。

「どこで育ったか覚えてないって……じゃあ、RYUが隊商に拾われたのっていくつの時?」
「10歳くらいだったと思うけど、正確には覚えてない」

 あっさりと答えるRYUICHIの声にはやはり、複雑な感情が潜んでいた。正確には覚えていない、という言葉の裏に、ほんの少しの寂しさが滲む。

「じゃあ、その頃まで誰かの庇護を受けて育ってたとして、RYUは自分で、独りで歩き始めたの? 隊商に拾われたっていうのは、もう独りになってから拾われたのか、それとも誘われたことを育て親から離れるきっかけにしたのか……」
「独りになってから拾われたんだと思う」

 SUGIZOの問いが最後まで終わらないうちに、RYUICHIはこれもあっさりと答えた。

「砂漠で行き倒れかけてた時に隊商に拾われたんだ。それはよく覚えてるから」

 10歳程度で砂漠に行き倒れているなど、コミュニティ同士の争いが激化しているのでもない限りはあり得ないことだった。荒れて不安定な今の時代でも、滅多にあることではない。だからこそ隊商の目にも止まったのかもしれないが。
 しかし、行き倒れることになったその事情までは、RYUICHIは話さない。記憶にないのか、あるいはあっても話すつもりがないのか。
 SUGIZOにはそれも謎だったが、今は別のことを聞きたかった。

「でも、今はまた独りなんだよね?」
「うん。今18歳だから、16歳の時かな。その年、俺をずっと連れ歩いてくれてた隊商が行ったコミュニティで内乱があって、みんな砂漠へ逃げ出したけど、そのまま散り散りになったんだ。あるいは、俺だけついて行き損なったのかもしれないけど、とにかくそうなって、俺は独りになった。その後また別の隊商にちょっとだけ世話になって、その隊商がカザラへ来た時に、ここを知ったんだ。それで、黙ってその隊商を離れて、独りでここへ来て、今までずっとここにいた」

 また感情の見えない声と無表情に戻って、RYUICHIは淡々と答えた。
 2年前、黙って隊商を離れてこの廃墟に住み着いた、とRYUICHIは言う。
 だとしたら2年間、RYUICHIは独りでいたのだ。

 生きているものの気配のない、この死んだ街に。

「独りになりたかったの?」

 RYUICHIが隊商を離れた理由を、SUGIZOはそう推測した。しかし、RYUICHIは曖昧な表情で首を横に振る。

「……どうだろう。よく分からない」

 小さく揺れるRYUICHIの黒髪の先から、雨だった雫が、空から落ちてきたばかりの雨の中へ散っていく。

「敢えて言うなら、誰かと出逢うためには独りでいる方がいいと思ったから、かな」

 RYUICHIの声はまた少し明るくなった。表情もわずかに明るさを増したように見える。

「隊商の中にいると、単独行動って難しいから。誰かと出逢うのも別れるのも、みんな一緒って状態だからね」

 確かに、RYUICHIの言うことはSUGIZOにも身に覚えのあることだった。
 ラウルで数少ない子供を相手に様々な話をしてくれた隊商もそう。カザラの外で出逢ったhideの隊商もそう。隊商の全ての人と同時に出逢い、同時に別れるのだ。それは隊商の一員側も、隊商が訪れたコミュニティの住人側も、同じこと。
 だから、隊商の一員ではなくRYUICHI個人として誰かと出逢うために独りになろうと考えたことは、そう不思議なことではない。だが、誰に、あるいはどんな人に出逢いたかったのかは分からない。
 そして、この廃墟で誰かに出逢えると、本気で考えていたのかどうかも。
 実際にはSUGIZOと出逢うことができたのだから、RYUICHIがここに独りでいたことは無駄ではなかったのかもしれない。けれど、それまでに2年。決して短くはない時間がかかっている。

 それでもRYUICHIは待ち続けていたというのだろうか。
 自分から誰かに出逢いに行くのではなく、誰かが出逢いに来てくれるのを、ただ待っていたのだろうか。

「誰でもいいから、俺を見つけてほしかったんだ。俺にとって価値のある人になりそうなら、誰でもよかった」

 SUGIZOの疑問を見透かしたように、RYUICHIが言う。

「もしかしたら今も、俺が育ったどこかのコミュニティに、俺の家族がいるのかもしれない。でも、どうでもいいんだ。そんな人がいたとしても、その人が今の俺にとって価値のある人とは限らないから」

 乾いた砂のように、RYUICHIの言葉はさらさらと流れて消えていく。それだけ、RYUICHIが過去に執着していないということなのだろうか。
 どんな言葉を口にするべきなのか分からずに、SUGIZOは黙ってRYUICHIを見つめている。
 そのSUGIZOを、RYUICHIは不意に顔を上げてじっと見つめた。
 そして、ふわりと笑った。

「今の俺にとって、一緒にいて価値のある人は、SUGIZOだしね」

 その言葉はSUGIZOに、軽い衝撃を与えた。

 一緒にいて価値のある人、とRYUICHIは言った。
 SUGIZOにとってそう思える相手は、これまではINORANだった。両親や、INORANの育て親である神父もその範疇に入るが、誰よりも一緒にいて価値があるのはINORANだった。そのはずだったのだ。

 だが、今RYUICHIの言葉を聞いてSUGIZOが思い浮かべたのは、INORANではなく、RYUICHIだった。

 INORANの存在価値がまったくなくなったわけではない。そんなことはない。だが今のSUGIZOが、一緒にいることに価値を見出せるのは、INORANよりもRYUICHIなのだ。
 RYUICHIはSUGIZOを価値のある人だと言う。今のRYUICHIが一緒にいて価値があるのは、幼い頃に一緒にいたはずの大人でも、ここへ来るまで一緒だった隊商でもなく、SUGIZOだ、と。

 そんな相手であるSUGIZOに出逢えるまで、RYUICHIは2年もここにいた。
 この広い廃墟に、独りで。

 SUGIZOもまた、RYUICHIに出逢うまで一緒に過ごしてきたINORANより、RYUICHIといる時間に安らぎを見出している。

 出逢いが変化をもたらしたのだと、SUGIZOはやっと気づいた。



 もしかしたらJとINORANも、今まさに変化している途中なのだろうか、とSUGIZOは考える。

 INORANにとって、一緒にいて価値のある人が誰なのか、今のSUGIZOには分からない。しかし、Jとの出逢いをきっかけにINORANが少し変わってきたのは事実。

 緩慢で、予測できる範囲の変化しかなかったラウルでの人生が激変したのは、SUGIZOもINORANも同じなのだ。その変化が様々な形で見えてくるのは、むしろ当然なのかもしれない。

 静かで穏やかだったラウルでの生活を懐かしく思わないわけではない。
 けれど、SUGIZOはすでに変化を受け入れていた。変化していること自体、たった今気づいたのだ。それほど自然に、SUGIZOは変わってきている。

 その変化は、決して悪い方向へ向かってはいない。ただ、絶対に良い方向へ変わっているという自信もない。
 けれど、RYUICHIとの出逢いは無駄にはならないという確信があった。少なくともこれは、未来にどう影響するにせよ、今のSUGIZOには喜ぶべき変化だろうと感じられたのだ。





 RYUICHIはそれ以上なにかを話そうとする素振りを見せず、また木馬に視線を落として雨に打たれている。

 雨は降り止まない。雨雲の向こうに隠された太陽も、地平線に消えるにはまだ早いらしい。

 SUGIZOは少し躊躇いながら、口を開いた。

「俺は、住んでたコミュニティが荒れなければ、あのコミュニティに一生いるはずだったんだ。外へ出ようと思ったことなんてなかった」

 自然と、そんな言葉が口をついて出る。
 話したかった。RYUICHIに、自分のことをもっと知ってもらいたかった。ここへ来る前にそう思っていたことを、SUGIZOは今頃思い出した。
 SUGIZOの声に、RYUICHIはゆっくりと顔を上げた。また表情を消してしまった顔で、じっとSUGIZOを見つめてくる。

「家族はいたの?」
「両親が。あと、家族じゃないけど、たった一人の同年代の友達がいたよ。いつも一緒だった」

 返された問いに、SUGIZOは素直に答える。隠す必要はないと思っていた。
 友達、という言葉に、RYUICHIがわずかに反応した。RYUICHIの人生に、友達と呼べる存在がいなかったのかもしれない、とSUGIZOは思う。けれど、そのことを問い返しはしなかった。
 同時に、名は出さなかったもののINORANのことを口にして、SUGIZOはさっき考えたことをまた思い浮かべる。

 自分にとって、またINORANにとって、今一緒にいて価値のある人は誰なのか、と。

「その友達とも離れたの?」

 RYUICHIの問いに、SUGIZOは我に返った。
 SUGIZOはまだ、両親と離れてラウルを飛び出してきたことをRYUICHIに話してはいない。だが、RYUICHIはSUGIZOの言葉からそれ以上のことを読み取っているようだった。

「いや、そいつが育て親を亡くして……一緒に飛び出してきたんだ。二人で」

 SUGIZOは、INORANの育て親である教会の神父の死に様を脳裏に思い浮かべた。
 教会の小さな応接間で、壁に寄りかかりうつむいた姿勢で死んでいた神父。その死因がなんなのか、SUGIZOははっきりと確かめたわけではない。だが、応接間で折り重なって死んでいた男たちと、恐らく同じだろうと思っていた。
 正確に頚動脈を刃物で切り裂かれた男たちの姿が鮮明によみがえる。
 幻のようなその光景を打ち破ったのは、RYUICHIの声だった。

「その人、今はどうしてるの?」

 知らずうつむいてしまっていたSUGIZOは、顔を上げてRYUICHIの視線を受け止めた。

「一緒にカザラにいるよ。そいつの方が年下だから、俺がしっかりしなきゃ、なんて思って」

 そう言いながら、SUGIZOは口元を小さく歪めた。

 もしかしたら実際には、SUGIZOがいなくともINORANは生きていけるのかもしれない。
 ただ、ラウルの教会に火が放たれたあの夜、INORANはもう生きることを放棄しようとしていた。それを思いとどまらせ、一緒に生きていこうと手を差し伸べたのはSUGIZOの方。だから、自分がしっかりしなければ、と思っていたのだけれど。
 カザラに来てからの、そしてこれからのINORANにとってSUGIZOは、なくてはならない存在ではないのかもしれない。そんな思いもある。
 実際、ラウルにいた頃のSUGIZOに、INORANは絶対に必要な存在だった。友人と言うより、兄弟や家族と言っても大袈裟ではないほどに身近なところに、INORANはいたのだ。
 ところが今は、INORANの必要性が薄れ、RYUICHIという存在に代わろうとしている。
 SUGIZOと同じような変化がINORANに起こっても、少しもおかしくない。
 INORANとの間に確かにあったものが薄れて、やがては完全に消え去る、そんな日が来るのかもしれない。SUGIZOにはそう思えて仕方なかった。

「年下って、俺と同じくらい?」
「RYUと俺の間、かな」

 自分の考えに沈みかけていたSUGIZOを、再びRYUICHIの声が呼び戻した。SUGIZOがその問いに答えると、RYUICHIは納得したように小さくうなずいて、じっとSUGIZOの目を見つめてきた。
 瞬きもほとんどせず、まるでなにかを探るように見つめてくるRYUICHIの視線に、SUGIZOは居心地の悪さを感じてしまう。
 SUGIZOが思わず視線をそらした時、RYUICHIの柔らかい声が耳に滑り込んできた。

「その人が、大切なんだね」

 RYUICHIの言葉に、SUGIZOは素直にうなずいた。
 INORANが大切な存在であることに変わりはない。いつか、そうではなくなる日が来るとしても、今はまだINORANが大切だった。

「男同士で兄弟みたいに育ったからね……でも最近、カザラに来てから、よく分からなくなってきた」
「分からない?」

 首を傾げるRYUICHIの視線に、さっきの探るような色は見えなくなっている。SUGIZOはようやく視線をRYUICHIに戻して、言葉を続けた。

「うん……そいつが不安定になってて、浮き沈みがある感じ。これまでそんなことなかったから、俺の方が戸惑ってるだけなんだけど」

 しかし、RYUICHIの反応は薄かった。さっき話してくれたRYUICHIの過去を考えれば、対人関係の話に反応が薄いのも仕方ないことなのかもしれない。
 SUGIZOはそう思い直して、話の矛先を少しずらした。

「カザラの内情は知ってる?」
「あんまり。首長と取り巻きが商売人以外の他所者に優しくないことくらいは、有名だから知ってるけど」

 緩く首を振るRYUICHIの髪から、雨粒が滴り落ちた。
 気がつけばもう、東の空が薄暗くなり始めている。降り続く雨は止む気配を見せず、西の空にも雨雲は広がっている。この分では今夜も雨は降り続くだろう。

「その首長に反抗する勢力についてる男が、俺たちが居候してる店によく来るんだ。俺の幼馴染みは、その客を避けてる。かなりあからさまに。でも幼馴染みが、なんでその客をそんなに毛嫌いしてるのか分からないんだ」

 話を対人関係のことに戻しながら、SUGIZOはJとINORANが顔を合わせた時のことを思い返した。あの時、二人の間に流れたものの正体を、SUGIZOはまだ理解できずにいる。
 SUGIZOだけではなく、INORANも変わり始めている。それはたぶん間違いないことだろう。
 だが、その変化が望ましいものであるかどうかがわからない。できれば喜べるものであってほしいとSUGIZOは思うが、変化の過渡期である今すぐに判断するのは難しかった。

 そこまで考えて、SUGIZOはふと、Jはどうなのかと思った。
 INORANにとってJの存在がなにかしらの変化をもたらしたのなら、JにとってINORANや自分という存在はなんなのか、と。Jも変わっていくのだろうか、と。
 もし変わっていくのだとしたら、それもやはり望ましい変化でなければ、SUGIZOは安心できない。INORANや自分と関わる男の変化が望ましくないものであっては、ただでさえ先の見えない自分たちの運命がもっと不安定になる。

「……SUGIZOは、どっちかの味方なの? 首長派と反抗勢力と、どっちかの」

 RYUICHIの声に、SUGIZOはまた顔を上げた。どうも今日は自分の考えに耽ってしまい過ぎる。しかし、RYUICHIの声がそれまでと色を変えて、SUGIZOの気を引いたのも事実だった。

 それまで、親に懐く子供のように柔らかかったRYUICHIの声は、突然刺のあるものに変わっていたのだ。まるで、急にSUGIZOのことが嫌いになった、とでも言うように。
 声だけでなく、表情まで幾分険しさを増しているRYUICHIに、SUGIZOは戸惑いながらも正直な答えを用意する。

「どっちにもついてないよ。でもまったくの無関係でもないから、この先どうなるかは分からない」

 実際、家主である今井がどちらについているのか、あるいは本当にまったくの中立なのか、SUGIZOははっきりとは知らない。それに、首長については他所者に厳しいという点、反抗勢力についてはそういう集団がいるという事実しか知らないのだ。
 カザラについて、まだ知らないことが多過ぎる。だから今の時点ではどちらにもついていない。けれど、この先どうなるか決まっているわけでもないのだ。

 ただ、一方の味方につくなら反抗勢力の側になるだろうとSUGIZOは思っていた。
 カザラは他所者に厳しい。コミュニティ軍が仕入れに来る度に、INORANとSUGIZOに店へは出るなと今井が言う。あくまでも二人は他所者で、今井の店にいられること、今井や櫻井が二人を受け入れてくれたことが奇跡に近いのだ。
 その他所者であるSUGIZOが、他所者をよく思わないという首長派につく理由はない。だからと言って無条件に反抗勢力につくつもりもないのだが。SUGIZOはその反抗勢力が首長のどんな点に対して反抗しているのかを知らないのだから。
 それでも反抗勢力につくことを考えてしまうのは、Jの存在があるからだろうか。

「……戦いは、嫌い」
「RYU?」

 まだ険しさの消えないRYUICHIの声に思考を遮られて、SUGIZOはうつむいてしまったRYUICHIの肩に手をかけた。しかしその手は、顔を上げさせようとする前に、RYUICHI自身の手に振り払われた。

「嫌いだ。戦いを巻き起こそうとする人も、それに関わろうとする人も、戦いそのものも。みんな嫌い」

 いつの間にか、雨足がまた強まっていた。至近距離にあるRYUICHIの表情すら隠しそうなほどに強く、叩きつけるように雨が降ってくる。
 けれど、表情が雨に隠されたとしても、RYUICHIの声がその思いを明確に伝えてきた。

 怒っている。
 それはSUGIZOが初めて見る、RYUICHIの強い感情だった。

「もう、帰った方がいいよ。ここはゲートからだいぶ遠いから」

 音もなく立ち上がったRYUICHIが、SUGIZOに半ば背を向けたまま、放射状に伸びる道の一つを指し示した。その道をまっすぐ行くと、RYUICHIとSUGIZOが出逢ったあの広場に出るという。あとは分かるだろう、と言われて、SUGIZOはその言葉に従って立ち上がった。
 それ以上自分が言葉を発しても、RYUICHIの背中に拒まれそうだと感じて、SUGIZOは黙ってその場を離れた。

 しかし、ここはゲートから遠い、と言ったRYUICHIの言葉は嘘だった。いくらも行かないうちに砂が吹き寄せられたあの広場に行き当たったのだ。そこからゲートまでは、決して遠くない。
 RYUICHIが突然、自分を突き放そうとしたのだ、と理解して、SUGIZOは唇を噛む。

 自分がRYUICHIの「嫌いなもの」になってしまう可能性を否定できなかったのだ。








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