瓦礫の街






20





 RYUICHIと別れてカザラへ戻ったSUGIZOは、何時間も雨に打たれていたせいで、その夜から体調を崩した。
 数日かけて風邪の症状を一通り経験して、SUGIZOの身体が落ち着いた後。SUGIZOの体調と重なるように、砂漠では珍しく数日の間降ったり止んだりをくり返した雨が上がった後。
 SUGIZOは久しぶりに、INORANと二人で買い物に出た。


 カザラの中央を南北に貫く大通りを中心に、あれもこれもと様々なものを買い求める。

 二人の両手に抱えきれないほどの荷物が出来上がった頃、INORANがふと足を止めて、SUGIZOを呼んだ。

「あの銀髪の人、さっきからずっとこっちを見てる」
「銀髪?」

 銀の髪と聞いてSUGIZOが思い出すのは真矢だけである。金髪なら珍しくないカザラでも、銀の髪は滅多に見ない。
 INORANが苦労して片手を空けて指差したその先で、陽光を弾く銀色の髪の男が一人、確かにこちらをじっと見ていた。

 そして、SUGIZOと目が合うや、男はまっすぐにこちらへ歩いてきた。
 満面の笑みを浮かべて。

「今日はお連れさんと一緒か」
「真矢!」

 予想が当たった喜びにSUGIZOが名を呼ぶと、真矢は笑みを深くしてSUGIZOの肩を痛いくらいに叩いてくる。

「やっぱりお前だったな。そうじゃないかと思って、こっち見ないかなーって待ってたんだよ」

 そう言いながらSUGIZOの髪を撫でる真矢の手は、無骨に見えるのに優しい。年上の兄弟がいたらこんな感じだろうかと、SUGIZOはくすぐったさを堪えながら思う。
 真矢はSUGIZOを頭の上から足の先までざっと眺め、INORANにも同じことをして、それからまた口を開いた。

「お連れさん共々、お前ら慣れないコミュニティでよくやってるよ。偉いよな」



 その言葉を何気なく聞き流しそうになって、SUGIZOはふと、緩めかけた頬を強張らせた。

 真矢が知っているSUGIZOのことと言えば、初めて逢った時はカザラに来たばかりだったことくらいのはずで。たまにしか顔を合わせない櫻井や、既にカザラを離れてしまったhideに話したことの半分も真矢は知らないはずである。
 SUGIZOは、初めてカザラに来てしばらく滞在している他所者。それ以上の認識を、真矢はできないはずなのだ。

 その割には、今の真矢の言葉には引っかかるものがほんの少しあって。

「……真矢?」

 恐る恐る真矢の目を覗き込んで、なにを知っているのかと無言で問うSUGIZOに、真矢はそれまでの笑みに少しだけ苦いものを足した。
 そして、さっきよりずっと抑えた、けれど二人がちゃんと聞き取れる声で言う。



「知ってるよ。お前らが南からのお客さんだってことは」



 何故、真矢がそれを知っているのか。

 考えられる可能性は、SUGIZOとINORANにこれまで関わった誰かから伝わったこと、だろう。だが、真矢が誰とどう繋がっているのかが分からない。

 加えて、真矢自身が何者であるのか、それもSUGIZOは知らないのだ。

 初めて逢った時、真矢はSUGIZOに道を教えるだけでなく、コミュニティ軍をごまかしてくれた。だが今考え直してみれば、それは真矢がコミュニティ軍に通じている存在だという意味ではないだろうか。
 もしそうだとしたら、自分たちが南から入った他所者であることを真矢が知っているのは、まずい。

 SUGIZOはそこまで考えると、真矢に視線を戻した。自分の考えが当たっていようといまいと、本人に直接聞く以上に正確なことはないはずである。自分の頭の中だけであれこれ考えをめぐらせても埒が明かない。
 真矢は、ただまっすぐにSUGIZOを見ている。真っ向から視線を合わせて、SUGIZOは口を開いた。

「……なんで」

 声は小さく、掠れてしまっていたけれど、その問いは真矢に届いた。
 けれど真矢は、ここでは話せないと小さく首を横に振った。そして、二人に背を向けながら言う。

「俺の家、すぐそこだけど、寄っていくか?」

 その誘いに、INORANはすぐには動こうとしなかった。真矢がどこの誰なのか、SUGIZOも知らないが、INORANはもっと知らないのだから、当然かもしれない。
 SUGIZOはINORANを促して、真矢の後について歩き出した。例えば真矢がコミュニティ軍や首長に近い人物だったとしても、今ついていってすぐに拘束されるとか、そういった危険性はない気がした。
 確証はまったくないけれど、そんな気がしたのだ。





 真矢は北へ向けて大通りを進んで行く。立ち話をしていた場所自体が北寄りだったが、そこから更に北へ。
 ということは、カザラの政治の中心部である北のエリア、常にコミュニティ軍の警備が敷かれている一帯である。コミュニティ内を歩き回ってだいぶ道を覚えたSUGIZOでも、まだ足を踏み入れたことのない辺り。そこへ向けて、真矢は悠々と歩いていく。
 時折足を止めては振り返り、二人がついて歩いているのを確かめると、満足そうに小さくうなずいてまた歩き出す。

 いくらも経たないうちに、真矢は本当にコミュニティ軍の警備の厳しい辺りへ足を踏み入れてしまった。
 自分たちの存在が場違いに思える空気と、実際問題ここにいては危険な立場であるという危機感。それがSUGIZOとINORANに重く圧し掛かってくる中、真矢は気にした様子もなく歩いて行く。

 途中で、SUGIZOはあることに気がついた。
 既にコミュニティ軍の警備の者がうろついているはずのこの一帯で、SUGIZOはほとんどその姿を見かけていない。
 それが実際には、真矢が歩いて行く先々で、コミュニティ軍の方で姿を消していることに、SUGIZOは気づいたのだ。
 真矢が角を曲がると、その先に一瞬、武装した者の姿が見えることがある。相手の方で、まるで真矢を避けるかのように姿を消しているのだ。

 SUGIZOが不審に思うには充分である。コミュニティ軍を不審に思うと同時に、SUGIZOはますます真矢が何者なのか見当がつかなくなり、困惑しながら歩いていた。



 やがて、真矢は小さいけれど頑丈な造りの家の前に立ち止まった。中に人の気配は感じられない。
 辺りを見回すと、役所かあるいは首長の邸宅かと思われる大きな建物が、通りを一本か二本隔てた辺りに聳えているのが見えた。カザラの政治の中心部にかなり近い位置であることは疑い様もない。

 ここまで来ると警備の者も真矢の視界から姿を消すことはしないが、近寄ってくる者もいなかった。真矢の後ろに、この辺りに近寄ったことのない他所者が二人ついているにも関わらず。それがまたSUGIZOを混乱させる。

 鍵もかけていないのか、真矢は扉を引き開けると二人を招き入れた。

 家の中に入ってすぐ、家具や今井の家にはほとんどない調度品などの質が異様に高いことを、SUGIZOは見抜いた。今更だが真矢の身なりを観察してみれば、やはりかなり上等なものを着ていることがすぐに分かる。
 そして、この家の位置。コミュニティの北側に堂々と存在するこの家に、真矢が住んでいるということは。

「……真矢って……首長の一族?」

 抱えていた荷物を適当な場所へ下ろして、SUGIZOは恐る恐る真矢を見上げた。確かめずにはいられないことだった。
 真矢は部屋の奥へと向けていた足を止めて、首だけ振り返って、はっきりと頷いた。

「ああ、一応な。首長の甥だ」

 一応どころではない。首長の直系を除けばかなり首長に近い位置にいることになる。

 カザラの首長は他所者の受け入れを拒否している。受け入れるのは隊商や他のコミュニティからの使者くらいなもの。一般人が何の理由もなくカザラへ立ち入ることは、表向きはできないことになっているのだ。だからSUGIZOとINORANも、警備の手薄な南のゲートからこっそり潜り込んだというのに。

 真矢は、排他的な考えを示す首長に近い位置にいると言う。
 そんな立場の真矢が「南からのお客さん」であるSUGIZOとINORANに友好的な態度を取るのは、危険極まりないことであるはずだった。

 それなのに、真矢はSUGIZOとINORANの立場を知っていて態度を変えることをしない。

 SUGIZOには分からなかった。
 真矢が自分たちに敵意を向けない理由も分からないし、そうする真矢の意図も分からない。
 そして、自分たちがこの後、真矢にどう接するべきかも分からなかった。

 凍りついたように動かなくなったSUGIZOの胸中を察したのか、真矢は軽く溜息をつく。いいからおいで、とでも言うように手招く真矢に従うと、二人は室内のテーブルに案内された。
 小さな丸テーブルを囲む形でそれぞれが座ってから、真矢は口元を苦笑いの形に歪めたまま話し出した。

「べつに、首長一族の全部が首長の思うままに動くわけじゃないよ。首長ってのは人の感情や思考まで操れる存在じゃないだろ。俺だって、街を汚したり壊したり前々からの住人に迷惑かけたりする『お客さん』は嫌いだよ。だけどお前らはそうじゃない。カザラの住人に対して無闇に敵意を向けるでもなく、カザラに馴染もうとしてる『お客さん』にまで問答無用で牙を剥くのは、俺はどうかと思うね」

 一気にそれだけ言って、真矢はようやく笑い方を変えた。自嘲するようなものから、少し悪戯な光を秘めたものへ。今の言葉が本心だと、その表情が語っている。
 真矢は自分たちの敵にはなり得ない。少なくとも、SUGIZOとINORANがこうしてカザラに溶け込もうと足掻いているうちは。
 そう確信して、SUGIZOはようやく表情を緩めた。

「……ありがとう」

 軽く頭を下げながらSUGIZOが言うと、真矢は途端に大声で笑い出した。

「礼を言われるようなことはしてねぇよ」

 照れているのか、頭を掻きながら言う真矢に、SUGIZOも笑う。INORANもわずかに緊張を解いたように見えた。

「でも、なんで俺たちが南から入ってきたんだってわかった?」

 SUGIZOはふと思い出して真矢に問いかけた。SUGIZOからはまだ、一言もそのことを話していないはずである。情報源は誰なのか、それを知りたかった。
 しかし真矢は、まったく予想外の答えを出してきた。

「お前の髪だよ。色は珍しいものじゃないけど、隊商の人だったらもっと砂と光で焼けてるはずなんだ。だけどお前の髪は艶があって、旅慣れてるわけじゃないってすぐに分かる。なのにお前は、俺と初めて逢った時に『昨夜カザラに着いたばかりだ』って言っただろ? 旅慣れてない、つまりそれまではどこかに定住してたのが、慣れない砂漠越えしてカザラへ来たわけだ」

 髪の色艶まで確かめられたのは恐らく、二度目に逢った時だったのだろう。だがSUGIZO自身は、そんなふうに観察されていることにまったく気づいていなかった。真矢の観察力に感心するとともに、観察していることを感じさせない接し方に、SUGIZOは内心舌を巻いた。



 それから後は、わずかに緊張の余韻を残しながらも、三人とも時には声を上げて笑ったりしながらあれこれと話が進んだ。

 真矢は話上手だった。選ぶ言葉が分かり易く、声が大きいから自然と耳が持っていかれてついつい話を聞いてしまう。それに、SUGIZOにもINORANにも適度に話を振っては応えを求め、二人の話は大きく頷きながら真剣に聞いてくれる。冗談を言うこともあるが、冗談にしていいことと悪いことの区別がはっきりしているから、真剣な話を茶化されることもない。

 太陽が中天を過ぎる頃まで、SUGIZOとINORANは延々と真矢と話し続けていた。その中で二人は、これまでの生活でなんとなく想像していたに過ぎないカザラの現状などについて、より詳しく知ることができた。
 首長の考え方やその擁護派の意見。コミュニティ軍の構造や規模、体制。カザラの住人の貧富差。「南からのお客さん」に対する首長派の対応と、住人側の対応の違い。

 真矢が知らないのは、SUGIZOが既に幾度か足を踏み入れている西の廃墟のことくらいだった。それだって存在についてはちゃんと知っているし、外側から得られる情報、例えば予測される廃墟の広さなどについては詳しく教えてくれた。ただ、あの廃墟に入ってみたことがないだけなのだ。

 それ以外のことならば、カザラの気象、歴史、地理などはもちろん、人口の変動や経済などについても、真矢はよく知っていた。真矢が首長のごく近くにいる、少なくともこの北部一帯に常日頃から出入りしているということの証拠であろう。
 ある隊商がどのくらいの頻度でカザラに来るかとか、最近カザラで流行っているものだとか、そんな話も出てくる。
 果てはあの店の親父がこの店の女とデキてるとかそんな話まで飛び出すのだが、それは真矢が趣味的に知っていることだろう。

 カザラに住む者として、知っていても得することはないけれど損もしないような噂話。
 今井や櫻井はまったく口にしないから、そんな話がどこのコミュニティにもあるものだと、SUGIZOは今の今まで忘れていた。








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