瓦礫の街






24





 乾いた風がゆるく流れていた。家々の窓には灯りも見えず、太陽はまだ最初の光の欠片さえ見せない。
 それでも真の闇よりは明るい路地を、SUGIZOはINORANと二人で足早に歩いていた。

「Jを探したい」

 今井の家を出て最初に、INORANが言った。それは、このままカザラを後にして戦乱を逃れるという選択肢を捨てることを意味する。
 だが、SUGIZO自身も安全のためだけに全てを捨てる道を選ぶことには迷いがあった。だから、そう言い出したINORANの考えは分からないが、INORANの言葉に反対しようとは思わなかった。ただ、カザラに残ってJを探したところで、その先どうなるかが予測できるわけではない。

 結局、一晩考え抜いたところで、最良の道を選ぶことはできなかったのだ。どの道にも不安と危険があるし、どの道を取ってもまったく後悔しないということはなさそうだった。

 Jを探すという選択肢にも問題はある。Jを含む反乱軍が、このカザラのどこを拠点として決起するのか、皆目見当がつかないのだ。そもそも、拠点を置く気があるのかどうかすら分からない。反乱軍の数は多くはない。事前に全ての者の行動を指示して、あとは運を天に任せて拠点なしのゲリラ戦、などということも考えられる。
 拠点を置く場合も、カザラの中のどの辺りが最もコミュニティ軍に突き止められにくいのか、SUGIZOには分からなかった。カザラで生活するために必要な情報はこの二ヶ月余りで得られたが、戦闘、それも市街戦を想定したことなどない。そんなものはラウルでは、あの夜まで必要なかった。カザラでもできれば考えたくないことではあったが、今はそれこそが考えなければならないことだった。

 店が見えなくなると、SUGIZOはINORANの腕を引いて立ち止まり、裏路地に入り込んで、懸命に頭を働かせた。

 反乱軍が拠点を置かずに動く場合は考えないことにして最初に選択肢から外す。彼らが拠点を置くと仮定した場合、その拠点がどこになるかが問題なのだ。
 北側の一帯は極めて可能性は低いと思われた。首長をはじめ、コミュニティ軍の中枢そのものが存在する場所なのだ。それに北側では、結果的に反乱軍の行動が失敗に終わった場合、逃走経路がない。決死の覚悟で決起するなら、はじめから逃走路など考えないかもしれないが、SUGIZOにはそうは思えなかった。Jの性格を考えると、なんとなく、反乱軍の他の者に逃走経路を用意しないというのは、あり得ない気がした。

 そこまで考えて、SUGIZOは不意に思い出す。

 Jは自分が囮になってでも、南のゲートを落とさなければならないと言っていなかったか。
 それを真矢に打ち明けたのは、他でもないSUGIZO自身ではなかったか。

 だとしたら、反乱軍が北側に拠点を置くことはますます考えにくい。最初の標的にされるであろう南のゲートまで遠くなってしまうからだ。
 そうなると、残る可能性は東か西のいずれか。東は一般の住民が多いから、隠れ蓑にはちょうどいいかもしれないが、巻き込む可能性も高くなる。反乱軍はあくまでもコミュニティ軍に対抗するのが目的であって、カザラ・コミュニティを潰滅させるのが目的ではないはずだった。ラウルで反首長派が教会だけを襲撃したのと同じで、一般人まで殺したり傷つけたりするつもりはないのではないだろうか。

 では、彼らが拠点を置くのは西か。西だとしたら、どの辺りだろう。

 SUGIZOは必死に考えた。コミュニティ内を一周する暇はない。そんなことをしている間に、夜は完全に朝に押しやられてしまう。その前に、Jを見つけなければならない。

「北側へ向かおう。大通りを離れて、西側のちょうど真ん中辺りを、北へ」

 SUGIZOはINORANを真正面から見つめて言った。細かく説明する間は置かず、そのまま足を踏み出す。反乱軍の動きの端だけでも見えはしないかと左右に目を配りながら、それでも足早に歩いていく。INORANは黙ってついてきた。



 南西側を抜け、北西側へ足を踏み入れてしばらくすると、辺りがほのかに白み始めたのが分かった。物の輪郭がはっきりし始め、闇の色が薄れていく。右手から、朝が街を侵蝕していく。
 SUGIZOは、黒っぽい服を着てきたことを少しだけ後悔した。夜のうちなら目立たないが、朝になればかえって悪目立ちしてしまう。しかし、今更どうしようもなかった。

 影が地面に映り始めた時、INORANが背後からSUGIZOの腕を引いた。だが、そうして引き止められる前から、SUGIZOにもその理由が分かっていた。

 それは、視界を一瞬よぎって消えた。通りの向こうを、西へ向かって走っていく、白い人影。
 朝の白んできた景色の中でも一際目を引くその人影に、SUGIZOは見覚えがあった。そして恐らく、INORANも。

 巫女だった。Jと会っている現場を目撃したことのある、あの巫女。

 巫女は、SUGIZOたちと同じように、右に左に目を走らせながら、裸足のままで小走りに西へ向かっていた。

 彼女も、探しているのだろうか。Jを。
 そう考えながらSUGIZOが一歩を踏み出した瞬間、さっき巫女が駆け抜けたはずの通りに、再び同じ巫女の姿が見えた。戻ってきたのだ。巫女は、さっきも見かけたかもしれないSUGIZOとINORANを認めると、今度は躊躇いもなくまっすぐにこちらへ向かってきた。彼女の足元の乾いた砂がさらさらと流れていくのが見えるほど、互いの距離は近い。

 SUGIZOは黙って足を止めたまま、巫女が目の前まで来るのを待った。今更隠れても遅いだろうし、逃げるよりは、話をしてみたかった。Jに何事かを必死に訴えていたこの巫女が、絶対の敵とは考えにくかったせいでもある。
 しかし、INORANは無言でSUGIZOの腕を引いた。まるで、関わらずに逃げようとでも言うように、繰り返し袖越しの腕を引かれる。SUGIZOは答えなかったが、INORANの腕を振り払うこともしなかった。

 巫女は全速力で走ってきて、上がってしまった息も整わないうちに何事か話し始めた。だが、言葉が不明瞭な上に息が上がっているので、まったく意味が分からない。
 戸惑うSUGIZOを、巫女は見なかった。
 彼女はただまっすぐに、SUGIZOの背後のINORANを見ていた。INORANもまた、巫女をじっと見つめるばかりだったが、指先はまだSUGIZOの腕から離れていない。
 懸命に話し続ける巫女の呼吸がようやく落ち着き始めた頃、SUGIZOは睨み合う二人の間に割って入り、巫女の言葉を遮った。

「もう少し静かに。声が大きいよ……意味、分かる?」

 小声でそう言って、SUGIZOは自分の唇の前に指を立ててみせた。巫女は慌てたように周囲を見回すと、口をつぐんでうなずいた。どうやら、こちらの言うことを理解するのは問題ないらしい。
 巫女は、今度は落ち着いた声でゆっくりと話し始めた。呼吸も落ち着き、やっと言葉が幾つか拾えるようになる。

「J、戦い――。でも、行く――、血が――出る。痛い、苦しい……」

 身振り手振りを交えて必死に訴える巫女の言葉の全部は分からない。が、部分的に分かるだけでも十分だった。
 巫女は相変わらず、SUGIZOを見ない。背後のINORANだけを、真剣な目でじっと見ている。そして不意に、INORANをぴたりと指差した。

「あなた、Jを知ってる――、助けて」

 INORANがJを知っているということを、何故この巫女は知っているのか。
 SUGIZOはぎょっとして巫女とINORANを代わる代わる見た。巫女の顔は確信に満ちていた。INORANはSUGIZOのように動じることもなく、静かに巫女を見返している。

「私は――ない。助けて。お願いします」

 最後の言葉だけははっきりと言って、巫女は深々と頭を下げた。長い髪が砂についてしまうほど深く。そして、顔を上げるとまだ身動ぎしないINORANの片手を取って、しっかりと握りしめた。まるで、そこに何かを託すかのように。
 INORANがゆっくりと口を開いた。

「――Jが今、どこにいるか、知ってる?」

 その顔にはなんの表情も浮かんでいないが、目だけは真剣な光を湛えていた。
 巫女は小さく首を横に振ったが、片手をふわりと持ち上げ、西の方角を指差した。

「向こう――人、いる。昨日までいない人。いる」

 巫女の言葉を最後まで聞かず、INORANは握られた手を振り解き、SUGIZOを振り返りもせず走り出した。SUGIZOは慌てて、巫女を置き去りにINORANの後を追う。



 西の方角。巫女が指差したその先には、西のゲートがある。

 そしてその向こうには、RYUICHIのいるあの廃墟が広がっているのだ。








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