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カザラの巫女の能力を、SUGIZOは詳しく知らなかったが、その能力が誰にでもあるわけではないことを認めざるを得なかった。INORANを追って走り出し、錆び付いたままの西のゲートが見える所まで来ると、その奥に確かに何かが見えたのた。ゲートの少し奥に垣間見えるテントらしきものの周囲に、恐らく昨日まではなかったであろう人の気配がある。
しかし、最初の問題はまずその手前に現れた。ゲートのすぐ向こうに二人の人影が突然見えたかと思うと、二人とも即座に銃を構え、問答無用で発砲しようとしたのだ。
SUGIZOは一気に足を速めて、前を行くINORANの腕をつかむと、そのままの速度で横の路地に突っ込んだ。相手は辛うじて発砲する寸前で手を止めたらしく、銃声は聞こえなかったが、それに安心する暇もない。INORANが再び西のゲートへ直行しようとしたのだ。今出て行ったら確実に撃たれることくらい分かっているだろうに。
「待てって!」
押し殺した声でSUGIZOが言っても、INORANは無言で走り出そうとする。全身でINORANの身体を押さえ込み、SUGIZOは南へと進み始めた。
「あのゲートは錆びついてて動かないんだよ。こっちに入れる場所があるんだ。見張りはいるだろうけど、全力でぶつかるんじゃなくて攻撃する気がないことを示せば、大丈夫かもしれないだろ?」
説明しながら足早に進むSUGIZOに、INORANは黙ってついてきた。
自分たちを撃とうとしたゲートの向こうの二人はいずれもコミュニティ軍の軍服ではなかった。それで武器を携帯し、しかもこんな街外れに隠れているということは、反コミュニティ勢力と見てまず間違いない。巫女の示した方角とも一致するし、間に合えばまだ西のゲートの奥にいるかもしれないJに会える可能性もあるだろう。
朽ちかけた建物の陰から何度か西側を覗いて、例の柵が倒壊している場所を探し当てると、SUGIZOは足を止めた。一度静かに深呼吸してから、INORANの手を離してそちらの方角へ真っ直ぐに歩き出した。思った通り、目指す先には見張りが立っていて、ゲートよりもはるかに厳重な警戒をしている。
SUGIZOとINORANは既に見張りの視界に入っているはずだが、見張りは発砲する気配を見せていない。顔見知りはいないが、これならどうにか切り抜けられそうだとSUGIZOは踏んで、ゲートまであと数十歩という距離まで進んで行った。
「止まれ。この先へは行けない」
見張りの一人が静かに言った。SUGIZOは止まらず、INORANもついてくる。
「止まれ! 撃つぞ!」
別の、まだ幼ささえ残す若い男が叫んだ。SUGIZOとINORANはまだ止まらない。が、SUGIZOは空の両手を顔の横に広げてみせ、害意のないことを示した。視界の隅で、INORANが同じように手を挙げているのを見ながら、なおも進む。
「誰だ! 止まれと言ってるのが分からねぇのかよ!」
先の若い男が焦ったようにもう一度叫び、構えた銃の撃鉄を起こす音が聞こえた。SUGIZOは両手を挙げたまま立ち止まった。INORANが半歩後ろで同じく歩みを止める。
「今井さんの店のもんだけど」
SUGIZOが静かに名乗ると、見張りに立つ男たちは僅かに肩の力を抜いた。
「Jに会いたい」
しかしSUGIZOがそう続けた瞬間、男たちが再び全身に緊張をみなぎらせるのが分かった。今の彼らが極度に警戒心の強い、緊張しきった状態にあることからも、昨日のINORANの言葉が正しいのだと知れる。
Jは本当に、コミュニティ軍に正面から抗するつもりなのだ。Jがどんな戦略を脳裏に描いているかSUGIZOは知らないが、どんな手段でもコミュニティ軍に圧勝することはあるまいと思えた。むしろ、反コミュニティ勢力が全滅させられる可能性の方がよほど高いのではないか、とさえ思える。
「ダメだ」
最初に声をかけてきた男が静かに言う。SUGIZOとINORANに向けられた銃はまだ降ろされていない。その銃口を、朝日が照らし出して鈍く光らせた。たぶん、もう時間がない。
「俺たちはコミュニティ軍とは関係ない」
「なら何故ここを知ってる!」
SUGIZOの言葉に、若い男が耐え切れないというように叫んだ。銃を持つその手がかわいそうなほど震えているのが、SUGIZOの目にはっきりと見える。きっと人間を撃ったことがないのだ。そんな者をも見張りに立たせ銃を持たせなければならないほど、反コミュニティ勢力の頭数は少ないのだろう。
一向に進まない話に焦れたSUGIZOが一歩踏み出そうとした瞬間、見張りの男たちの背後に金色の髪が光るのが見えた。
「静かにしろ。たいした大声じゃなくてもこの辺りじゃ響くってことを忘れたか?」
見張りの持つ銃の先を静かに降ろさせながら、Jが悠々と歩いて最前に出てくる。朝日に目を細めたその顔もまた、いつもの何倍も緊張したものだったが、声は柔らかかった。
そのことに気づいた瞬間、SUGIZOは背筋をなにかが駆け上がるのを感じて身震いした。
Jは確かに緊張はしているが、今日これからJ自身の手で引き起こすつもりであろうことをまるで恐れていない。恐怖や躊躇い故に緊張しているわけではないのだ。
SUGIZOとINORANを手招いて倒壊した柵を越えさせると、Jは見張りの列の後ろに下がって言った。
「なんで来たんだよ……なんでここを離れてねぇんだ? 出てけって言ったはずだ」
SUGIZOもINORANも一言も口をきかなかった。Jの視線がぴたりと自分の顔を見ていることを知りながら、SUGIZOは黙ったまま視線も合わせずにいた。
Jを探しに来たのはINORANの発言があったからだ。だが、SUGIZOはその詳しい理由をINORANから聞かされていない。だからSUGIZOは答える言葉を持たないのだ。
黙し続けるSUGIZOの半歩後ろにいたINORANが、SUGIZOの真横に並んで、口を開いた。
「あんたを止めに来た」
「俺はもう止まる気はねぇ」
INORANとは視線を合わせようとせず、Jはぶっきらぼうに言う。そのJに、INORANは珍しく食い下がった。
「どうしても?」
Jは答えない。が、態度を変える様子もない。Jにとってはもう決まりきったことであって、予定変更など今更考えようという気にさえならないのだろう。
話が堂々巡りにしかならないのを察して、今度はSUGIZOが口を挟んだ。
「ついさっき、巫女に逢った」
Jの視線は、近くに積み上げられた武器の山の一角を占める大型の銃――と言うより砲と呼ぶべき武器に向けられていた。それが、その一言でさっとSUGIZOに戻された。躊躇いがちにJが口を開く。
「……それで?」
一瞬よぎらせた動揺を隠すためか、わざとぶっきらぼうな口調を作ろうとして失敗したような、そんな掠れた声だった。SUGIZOは巫女と言っただけで、べつにJと逢っているところを目撃したあの巫女本人だとは一言も言っていない。なのに、Jはそんなことにも気づかないのか、たった一言で見事に動揺してしまった。Jが言葉の奥に仕舞い込もうと必死になっている感情がどんなものなのか、そこまではSUGIZOには分からない。分からないし、分かりたいとも思わないが、とにかくJを止める糸口をつかめたことに、胸の内で巫女に感謝しつつ、Jに答える。
「彼女にも頼まれたんだ。お前を止めてくれって」
Jはうつむいて表情を隠した。応える声はない。
「Youjeen……」
ただ、Jは小さな小さな声を絞り出して、そう呟いた。
今この時にJの脳裏をよぎっているのは、恐らくあの巫女の姿だろう。SUGIZOはさっき見たばかりの巫女の、深々と頭を下げる姿をJに見せてやりたかった。思い浮かべた光景を他人にそのまま見せることができるなら、とっくにそうしていただろう。
あの巫女は、これまでにSUGIZOとINORANが見かけた時、Jに何事かを必死に訴えていた。たぶん、さっきと同じようにJを止めたいと願い、J本人を説得していたのだと、今なら分かる。
それ以上の言葉を口にできずにいるJに、INORANが歩み寄った。Jは顔を上げない。
INORANはそのJの顔を下からのぞき込むようにして、静かに言った。
「Jは死ぬよ」