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太陽・作

 

1789年7月14日 火曜日 快晴 気温やや高し

「ベルナール。現在の状況は?」
「オスカル、大丈夫か?」
「心配かけたな、もう大丈夫だ。」
「市民軍は約5万人だ。ただし武器が足りない。兵器庫にも行ったが、弾薬と武器は、既にバスティーユに運ばれた後で空っぽだった。」
「兵器庫になければ、後は廃兵院(アンヴァリッド)にあるだろう。」
「バスティーユに、昨夜大砲と弾薬が運び込まれた。午前2時以来、バスティーユ守備兵は武装して警戒に当たっている。大砲もサン・タントワーヌ区へ照準を合わせてある。」
「そうすると、アンヴァリッドに行って武器を調達してから、バスティーユに行くしかないな。」
「そういうことだ。市民は既にアンヴァリッドに向かっている。」

一般の市民たちはアンヴァリッドを襲い、3万6千丁の銃と12門の大砲を奪い、怒涛のようにバスティーユに向かった。

バスティーユ牢獄は、遠く1383年に当時の国王シャルル五世の居城サン・ポール城を守る砦として、13年もの歳月を尽くしてセーヌ右岸に建造された。
後に王家に逆らった政治犯を収容する牢獄として使用されるようになり、民衆の恐怖と憎悪の的となっていた。

この日、バスティーユ牢獄を守備していたのは、ド・ローネー侯指揮下の114名の兵士だけであった。

「では、隊伍を整えて、点呼を・・・。」
「バスティーユへ!!」
「おーーーーーっ!!」

午後1時、ついに宿命の戦闘は開始せられた。

攻撃側の民衆は武器や弾薬、大砲を調達したとはいえ、扱うこともできぬ素人の集まりだった。片や守備側は、スイス人傭兵32名を含む、114名の兵士。
素人の集団だけでは、かなう筈もなかった。

「前を空けてください!! 大砲を通して!」
右往左往している民衆の耳に届いたその声は、まさに救いの女神の声だった。
「わあーっ、フランス衛兵だ!!」
「大砲は私たちに任せて、市民の皆さんは下がってください!」
「頼むぞ、オスカル」
ベルナールは、市民を後退させた。

「よーし、アラン。大砲の据付位置は任せた。」
「はいっ、隊長、任せて下さい。みんな、行くぜーーっ!」
「おーーーーっ!!」

「全員配置につけーっ! 砲撃準備!!」
「発射角45度、狙いは城壁上部!!」
オスカルは剣を抜いた。
「撃てーーーーーっ!!」
砲撃は正確にバスティーユ城壁上部を破壊した。

「よし、次、装填!!」
「撃てーーーーーっ!!」

「さあ、続けて射撃用意!! 一気に責め落とすぞ!!」
「上部の砲手を狙え。敵の使える大砲をできるだけ減らすのだ。」
「市民諸君、ワラを積んだ荷車に火をかけろ。煙を盾にして跳ね橋を襲うのだ。」
「跳ね橋を降ろせ。跳ね橋を降ろして中に進入するぞ。」
「射撃を中断するな。砲手を狙え!!市民が中に入ったら、一斉に援護射撃をしろ!!」

 

「ド・ローネー侯、このまま抵抗を続けていては、我々は全滅です!」
「お願いです、白旗を掲げ、降伏を・・・」
「ええい、何を言うか。くそう、素人の集まりだと思っていたのに。フランス衛兵隊め・・・。烏合の衆をまとめているあの指揮官は誰だ!」
「フランス衛兵隊ベルサイユ常駐部隊長、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将です。」

 

「いいぞ。この隙に大砲を前進させ、城門を吹っ飛ばせ。怯むな!!」
「撃てーーーっ!!」


「ん・・・?」


ふとオスカルが耳を澄ますと微かに子供の泣き声が聞こえた。
「うえーん、ママン・・・どこ? ママン・・・」
硝煙の中に見え隠れする、泣きながらさまよう黒髪の小さな男の子。

「危ない!!」
脱兎の如く走るオスカル。
「隊長――っ、そっちは危険です!! まだ、砲撃が続いています!」
アランの大声が飛んだ。
オスカルは子供を胸に抱え込むと自分が上に覆い被さった。
その瞬間、砲撃が鳴り響いた。

ズガーーーーーーン!!!

辺りを粉塵と硝煙が立ち込め、何も見えない。

「隊長ーっ、隊長ーっ!! 大丈夫ですか!?」
「うわーーん、痛いよーっ」
「大丈夫か・・・? ケガは・・・? 大丈夫みたいだな・・・。ラサール、この子を安全な場所まで連れていってくれ・・・。」
「はいっ、隊長。おいで。」
ラサールは子供を抱きかかえると走っていった。

オスカルは剣を支えに立ちあがり、指揮を続ける。
「さあっ、あと一息だ・・・。あと一息でバスティーユは陥ちる・・・。射撃を中断するな・・・。続けて・・・。」

「隊長―――っ!! バスティーユの上に白旗が!!」
勝利を喜び合う民衆の歓声がこだまする。


「ついに・・・陥ち・・・たか・・・」
がっくりと膝をつき、崩れ落ちる、オスカル。
「た・・・隊長?!」
オスカルを抱き起こしたアランの手は血にまみれた。
「まさか・・・!! さっきの・・・砲弾に・・・、隊長!!」
オスカルの背中には砲撃によって受けた重大な損傷があった。
「隊長――っ! しっかりして下さい・・・隊長・・・しっかり・・・」
アランの目から涙が溢れ出る。
「終わったな…アラン・・・見事だったぞ・・・。泣くな・・・ばか・・・男だろう・・・。」
「隊長・・・・・・。」
オスカルの周りに大勢の人垣ができた。
みんな泣いていた。

「隊長、先ほどの子供のお母さんが・・・。」
ラサールが親子を連れてきた。
「ありがとうございました。本当に・・・。人に揉まれて、はぐれてしまって・・・。この子のせいで、すみません・・・。」
そう言って泣き崩れる母に無邪気な笑顔を向ける男の子。
「ぼく、大丈夫だったかい・・・? 名前は・・・?」
「ありがとう、もうどこも痛くないよ。ぼくね、アンドレっていうの。」
「アンドレ? ふふ・・・アンドレか・・・」
「どうしたの?」
「いや、私の大好きな人と同じ名前なのだ。彼もきっと喜んでいるよ。どうか君の未来が輝かしいものであるように・・・。さあ、ママンとお家にお帰り・・・。」
「うん、バイバイ」
「バイバイ・・・」
オスカルはにっこりと笑って手を振った。

「今日のこの日が素晴らしい未来へと続くように・・・。きっと命は続いていく、そして人類の崇高なる理想も、私の願いも・・・。」

オスカルは、澄み切った青空を見上げた。そこに愛する人の笑顔を見た。
「アンドレ・・・・・・。待たせたな・・・。今、行くよ・・・・・・。」
「隊長・・・・・・?」
「隊長―――――っ!!」

オスカル・グランディエ
旧名 オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ
理想に向かって生きた、彼女の最後だった。

類まれなる美貌に恵まれながら、生涯を武官として生き抜いた女性(ひと)。
自分に甘えることを許さず、潔く人生を駆け抜けた。
彼女の生き様は、多くの人の人生に多大なる影響を与えるだろう。
あなたのそして私の人生に・・・。

 

 

*-* エピローグ *-*

 

隊長、あの日から3ケ月が経ちました。
俺は今アラスに来ています。
墓参りに来たんですよ。あなたとアンドレの。

あの日、俺たちはあなたとアンドレの棺をアラスまで運びました。
別荘であなたの肖像画を見て、皆でまた泣きました。
あなたがあまりに幸せそうに穏やかに笑っているので。
皆はあなたのドレス姿は見たことがありませんからね。
びっくりしていましたよ、あんまり美しいので。
あの姿が本来のあなただったのかも知れませんね。

教会の神父様も泣いていらっしゃいました。
先週二人の結婚式を挙げたばかりなのに、なぜ一週間後に葬式なのかと・・・。

俺が、出動命令を伝えなければ、あなたたちは死なずに済んだのですね。バルコニーにいた幸せそうな二人がまだ目に焼き付いています。
あなたは、あんなに華奢だったのですね。普段、硬い軍服を着ているから、気が付きませんでした。
そりゃそうですよね。剣は俺と互角の腕前だ。
剣を持ったら互角でも、素手だったら、あんなに力がないなんて。
無理やりあなたにキスした時も驚いたんだ、なんて細い腕なのだろうって。
こんなに細い腕で剣を振り回して、しかも大概の男よりは剣の腕は上ときている。本当に恐れ入りました。どれほどの努力をあなたはして来たのでしょう?

指揮官としても非常に立派でした。バスティーユもあなたの指揮なしでは、陥ちなかったかも知れない。
一見、冷たそうに見えて心の中は燃え盛る炎のように熱い女性(ひと)でした。
子供を庇って酷い傷を負っても、誰にも気取らせもしなかった。
最後まで、あなたは凛々しかった。

俺もあなたを愛していました。
でも、俺はあなたを守れなかった・・・。

さようなら、隊長。
あばよ、アンドレ。良かったな、隊長と一緒で。俺は、これからどうすればいいんだ? アンドレ、教えてくれよ・・・。

 

 

アラスの夕陽を望む小高い丘の上に二人の墓がある。
その墓碑銘にはこう刻まれていた。

アンドレ・グランディエ
1754年8月26日〜1789年7月13日
一人の女を生涯愛しぬき、守り抜いた男。ここに眠る。

オスカル・グランディエ
1755年12月25日〜1789年7月14日
非凡なる人生を駆けぬけた女。ここに眠る。


― FIN ―

 

 

 

                               

 

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