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太陽・作

 

「オスカル。」
眠っているオスカルにアンドレは静かに語りかける。
「アラスに二人で行ったのは、いつだったかな? もう、かなり前になるか・・・。 あの、決闘騒ぎのときだからな。懐かしいな、あの頃はまだ二人とも若かったな・・・」

アンドレはオスカルの髪をなでながら、頭を支え、唇にやさしく口づけた。
「オスカル。愛しているよ。いつまでも限りなく。」
そして甘く低い声で囁くように歌った。

ここはどこだろう。夢の中かな? 眼が開かない。
ガタゴト、ガタゴト・・・。
馬車の中か?
ああ、アンドレの腕の中だ。
こら、眠っているのにキスしたな。
私の好きなお日様の匂いのアンドレだ・・・。

この声は?
アンドレが歌っているのか?
めずらしいなアンドレが歌うなんて。
そう、アンドレはめったに歌ってはくれないが、すごくいい声で、うまいんだ。
南部の血のせいかな。
ときどき歌って、とねだっても恥ずかしがってなかなか歌ってくれないのだ。
私の知らない歌だな。なんという歌なのだろう。
明るいような、悲しいような・・・。胸が痛む・・・。
馬車の揺れが、アンドレの声が、腕が気持ちいい。
ん・・・ん。だめだ。まだ眠い・・・・。

「ん・・・?」
どこかに着いたみたいだ。
アンドレが私を抱えたまま、馬車を降りる。
そのまま、階段を登っている。
アンドレ、私は重くないか?
でも、気持ちいいからこのままがいいな。
寝たふりをしていよう。
ベッドに降ろされたみたい。うーん、つまんない。
もう少しアンドレの腕に抱かれていたかったのに。

とっても穏やかな気分だ。
最近眠れなかったし、もうちょっと、眠ろう。久しぶりに・・・。

 


「あ・・・れ・・・? 何だこれは・・・!」
眼の覚めたオスカルは、自分が縛られていることに気づくと大声で叫んだ。
「アンドレ! アンドレ!」
「何だ、オスカル。眼が覚めたか?」
「何だ、これは? 何で私を縛ってあるのだ。」
「縛っておかないと、逃げるからなお前は。」
オスカルの両手はベットの端にそれぞれ結ばれていた。
「何だって、逃げる・・・? 思い出したぞ、ワインに薬を・・・。私を薬で眠らせて! どこに連れてきたのだ?」
オスカルは噛み付くようにいった。
「ここは、アラスの別荘だよ。よく見れば見覚えがあるだろう。」
「アラス? そうみたいだな・・・。とにかく、急いで帰らなくては。早くこれを解いてくれ」
「だめだ!」とアンドレ。
「どうして!」とオスカル。
「お前がちゃんと療養する気になるまでは、だめだ。」
「冗談ではないぞ! 私は仕事があるのだ。こんなことをしてはいられない。すぐにベルサイユに戻らなくては」
ベッドの上でオスカルは力の限り暴れる。

「仕事はもうない!」アンドレはきっぱりといった。
「え?」
「だんな様に頼んで、お前の軍籍を抜いてもらった。だからもう衛兵隊とも何の関係もない。」
「そんな・・・。そんな・・・。ひどい! じゃあ、私は・・・。私の今までやってきたことは何だったのだ。自分のすべてでぶつかって・・・、やっと皆と・・・」
オスカルの蒼い瞳から、大粒の涙が次々とこぼれる。全身から悲しみが溢れ、震えている。アンドレは自分の嘘で受けたオスカルの衝撃の大きさに、目を背けた。

「アンドレ、私は・・・私は・・・。」
オスカルの悲鳴のような嗚咽が果てしなく続いた。
アンドレはかなり長い時間、オスカルに黙って寄り添い、彼女の髪を優しく撫でながら慰めた。
「オスカル、とにかく身体を治すことが先決だ。」
「うん・・・。そうだな。わかった・・・。」
オスカルは諦めたように、憔悴した顔で力なく答えた。

「アンドレ、ひとつだけ答えてくれ。」
「なんだ?」
「お前は病気が怖くないのか? 私から移るかも知れないのだぞ・・・。」
「お前は、そんなことを気にしていたのか? 聞くまでもないだろう。俺は命をかけてお前を愛しているのだぞ。」
アンドレはベッドに腰掛けると、オスカルの蒼い瞳にゆっくりと視線を移し、そして深い口づけを交わした。その口づけにオスカルは言葉よりも如実に表された彼の愛を感じて、やっと少し微笑んだ。

「オスカル、そうだ。奥様から手紙を預かってきたんだ。」
「母上から?」
涙のまだ乾かない瞳でアンドレを見上げていった。
手紙を渡そうとするアンドレに
「おい。このままでは読めないではないか。もう、わかったから。諦めたから。これを解いてくれ。」
「わかった。お前は嘘は言わないからな。」
アンドレはオスカルの両手の縛めを解いた。
「ふーっ。まったくもう。めちゃくちゃするんだから。痛いぞ・・・」
オスカルは両手首をさすった。
「ごめん、オスカル。見せてみろ。うん、痣にはならないだろう。お前が暴れるから。薬と何か食べるものを用意してくるよ。少しはちゃんと食べないと。お前ずいぶんと痩せただろう?」
アンドレは心配そうにいいながら、オスカルの上半身を少し起こし、オスカルが楽なように背中にクッションを当ててやった。そして、手紙を渡して、静かに部屋を出て行った。

オスカルは母の手紙の封を切った。


愛する娘へ

アンドレがすべて教えてくれました。
母の私があなたの病気に気がつかなかったこと、ごめんなさいね。
でも、アンドレは気がつきました。
そして、お父様にお願いしました。アラスの別荘を自分に貸してくれと。
何としてでもあなたを守りたいというアンドレの気迫にお父様も心打たれました。
お父様は私にいいました。二人の結婚を許すと。

潔癖なあなたのことだから、どうせ正式に結婚するまではアンドレとの仲は進まないでしょう。
あなたは男性の中で仕事をしてきた割りに男性のことがわかっていません。
同性の友人がいなかったからかも知れませんね。
今でも小さい女の子のようです。
アンドレはとてもあなたを大事に思っています。
これはとても幸せなことなのですよ。
最近のあなたは花が咲くように、輝いてきましたね。
表情がとっても柔らかくなっていました。
結婚式のあなたはきっと素晴らしく綺麗でしょう。

身分の心配をしているのですか?
身分の違いなど、本当はどうとでもなるのです。
たとえば、アンドレを姻戚の貴族の養子に出して、あらためてジャルジェ家へ迎えるという形でもいいてすし。お金でもなんとかなるらしいですよ。でも、「オスカル・グランディエ」でいいのですよ。それは貴方達の自由でかまいません。

私達は貴方達二人の幸せだけが願いです。
私が生んだのは、かわいい娘です。
もう、この辺で本来の性の女に戻ってもいいのではありませんか?
侍女のマドロンにウェディングドレスを持たせてあります。
彼女はあなたのドレス姿を楽しみにしています。
身体には十分気をつけて。

愛する娘オスカルへ
                                    
母より


「父上・・・母上・・・・」
オスカルは涙が溢れて止まらなかった。
「オスカル、持ってきたぞ。」
食事を持ってきたアンドレはオスカルがまた泣いているのを見てあわてて聞いた。
「オスカル、どうした? 奥様はなんだって?」
「ないしょだ。ふふふ・・・・」
オスカルは泣き笑いで答えた。
「アンドレ、マドロンを呼んでくれ。お前は呼ぶまで入ってきてはだめだぞ。」
「わかった・・・???」
アンドレはマドロンを呼びに部屋を出て行った。

「オスカル様、オスカル様」
マドロンがオスカルに駆け寄る。
「マドロン、母上が・・・」
「奥様に伺っております。良かったですね、オスカル様。私もこんなにうれしいことはありません。準備があるので渋るアンドレに強引に付いてきたのです。」
「マドロン、アンドレには明日までないしょだぞ。」
オスカルがうれしそうに言った。
「もちろんでございます。準備は私にすべておまかせください。明日もいい天気だといいですね」
「うん・・・。」
「それでは、私は準備がありますので、失礼します。」
マドロンは足取りも軽く部屋を後にした。

さて、アンドレ。覚悟はいいか。今夜は、私を縛ったお礼をするぞ。私に薬を盛ったお礼もな。私の一番嫌いな手を使ったんだから、ただですむと思っていないよな。お前だって。ふふふ・・・。

「アンドレ。」
オスカルは部屋の外で訳もわからず待っているアンドレを静かに呼んだ。

 

 

−つづく−