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太陽・作

 

アンドレはオスカルに呼ばれて部屋に入ろうとしたが、何かすごくいやな予感がした。

(あいつの性格からいって、無理やり薬を飲ませて連れてきたことや、縛ったりしたことはかなりまずい。怒るのはもちろん分かっていたことなんだが。あいつは怒ると陰険なんだよな。俺に対してだけだけど・・・。まあ、仕方ないな、怒るようなことをしたのだから。)

アンドレは覚悟を決めて部屋に入った。
「オスカル、少しは食べたか?」
「うん、少しな。」
「あっ、そうだ。手首に薬塗ったか?」
「ううん、まだ。」と首を振る。
「ほら、手を出して。」
アンドレはオスカルの手首に薬を塗ってやった。
「これで、大丈夫だろう。」

テ−ブルの上を片付けながら素知らぬ顔でアンドレが聞いた。
「ところで、何の用だ?」
「夕食後でいいんだが。昨夜、お風呂に入りそびれたから、お風呂に入りたい。」
「分かった。支度しておく。」
「それと、寝る前にまたいつものようにワインを持ってきてくれ。あ、薬入りのはもういやだからな。」
オスカルが笑いながら言った。
「わかったよ。もちろん。」
アンドレも笑いながら部屋を出て行った。

オスカルは湯船に浸かりながら、マドロンに香水を全種類持ってくるように頼んだ。
「はい・・・? いつもの香水ではなく?」
マドロンは不思議そうにオスカルに聞き返した。
「うん、全部。」
「はい、オスカル様、どうぞ。」
マドロンから香水箱を受け取ると、オスカルは嬉しそうに言った。
「マドロン、もう下がっていいぞ。後は自分でやるから。」
「でも、オスカル様。」
マドロンは不満げだった。
「いいんだ。マドロンは明日の準備をしておくれ。」
「はい、わかりました。」
マドロンはしぶしぶ浴室から出て行った。

「ん・・・と、どれにしようかな? いつもは柑橘系だけど。今日はと・・・。
これかな、動物系! わっ、ちょっときついかな。まあ、いいや今夜は、特別だ。」
湯船から上がるとオスカルは、うなじと手首に香水をつけ、コルセットをつけずにいつもの男物の夜着を着た。そして鏡に映る自分の姿を見ながらポツリと独り言を言った。
「ちょっと、恥ずかしいな・・・透けて見えないだろうな。あ、そうか。暗ければ見えないな。」
オスカルは蝋燭の灯を何本か消して廻った。
「さて、準備は万端だ。ふふふ・・・。」

「オスカル、ワインを持ってきた。入るぞ」
「どうぞ。」
オスカルは優雅に.椅子に座り、足を組みなおすと、物憂げに答えた。
ドアを開けてアンドレは部屋に入り、オスカルを一目見て・・・。

《ドキッ》とアンドレの心臓の音。
(何だ? 何かいつもと違うぞ。)
びくびくしながら、取りあえずいつものようにワインのビンとグラスをテ−ブルの上に置いた。
「ありがとう、一緒に飲もう。」
「ああ・・・、うん・・・。」
返事にも何か力の入らないアンドレだった。

「アンドレ、今日はお願いがあるのだ。」
ワインを飲みながらオスカルが甘えた声で訴える。
(ほーらきた、この声に弱いんだよな。)
「何だ?」
アンドレは努めて冷静に答える。
「今日は、一緒に寝てくれ。」
「え!」
「勘違いするなよ。子供の時のように、一緒に眠りたいのだ。最近、眠れなかったから。お前の腕の中なら、ぐっすり眠れるかなと思って。いいだろう?」
上目遣いでアンドレを見上げる。
「え―っ・・・、そんな。」
アンドレは絶句する。
「お前も昨夜ずっと馬車で私を抱えてて、眠っていないんだろう? 早く寝よう。」
サファイヤ・ブルーの大きな瞳をいたずらっぽくキラキラさせながら訴える。
「はい、はい、分かりました。逆らえませんよ。」
「あ、何かいやそうだな?」
「いいえ、とんでもない。」
アンドレは観念してそういった。
(こういう仕返しできたか・・・。まったく子供みたいなんだから。)

「アンドレ、早く! 早く、寝よう。お前昔みたいにこっちね。」
オスカルは、枕をパフパフ叩いて本当にうれしそうにいう。
「はい、はい。」
アンドレは諦めてベッドに横になる。
「ねえアンドレ、おやすみのキスは?」
アンドレは、となりで無邪気に横になっているオスカルの頬に軽くキスするとぶっきらぼうに言った。
「おやすみ、オスカル。」
「唇にしてくれないのか? アンドレ」
拗ねたように言ったオスカルに、アンドレは上半身を起こして、出来るだけ彼女の身体に触れないように口付けた。
そのとたんに鼻腔をくすぐるいつもと違うオスカルの香り。
(うわっ・・・。くらくらしそう。わ−っ! オスカル、コルセットつけていない! 胸のふくらみが・・・。おいおい、透けて見えるぞ。)
アンドレが真っ赤になっているのを見て、オスカルは尚も続ける。
「アンドレ、抱きしめて寝てくれ。昔みたいに。」
「ば・・・ばか! あれは子供の頃の話しだぞ。」
「いいだろ。アンドレ・・・。」
オスカルは自分からアンドレにしがみついた。
(うっわー・・・。絶句・・・。)
アンドレはあまりのことに硬直している。
「昔みたいだな、アンドレ。ふふふ・・・。久しぶりだ。お前の香りだ。お日様みたいな。人間の体温ってやっぱり気持ちいいな。心臓の鼓動も・・・。」
オスカルはアンドレの地獄の苦しみも知らず、自分だけ気持ち良く寝てしまった。

「オスカル、俺が手を出さないと安心しきっているんだろう。あんまり無邪気に寝てると襲っちゃうぞ。結局今夜も俺は眠られそうもないな。でも、お前を抱いてこうして寝顔を見ていられるのも幸せかな?」
暫しオスカルの寝顔を見つめていた。

「子供の頃はこんなに胸騒ぎ立つ甘い香りもしなかったし、こんなに柔らかくなかったぞ。オスカル・・・。」
アンドレは甘い責め苦に耐えていた。

(アンドレ、ごめんね。ちょっと、意地悪してみたかっただけなんだ。男と女ではなくて、今日だけは子供でいたかったんだ。こんなことができるのも今夜が最後だし・・・。きっと明日はいい日になるから・・・。)

かわいそうなアンドレもさすがに昨夜の疲れもあり、眠りに落ちていった。
アンドレが朝、目を覚ますと横にオスカルの姿はすでになかった。
「しまった! あいつまさか・・・。」
慌てて起き上がったアンドレに一枚の置手紙が眼に入った。

 

アンドレへ

おはよう。よく眠れたか?
逃げはしないから、安心しろ。
私は隣の部屋にいる。
私にプレゼントして欲しいものがあるのだ。
種類はお前に任すから、花を私に・・・。
私に似合うとお前が思った花を持って、隣の部屋にきてくれ。
待っているぞ。
                            オスカルより

 

 

え? 花・・・。
オスカルに似合う花?
まあ、あいつは美しいから何でも似合うと思うけど・・・。
百合か、薔薇か? それとも・・・?
とりあえず探しに行かなくては。
でも、何で花なんだ?

アンドレはアラスの町でやっと気に入った白薔薇を見つけ、大きな花束にしてもらった。
「これならオスカルも気に入ってくれるだろう。フランスでの花言葉は純潔。やっぱりこれだろうな。これをあいつが持ったら似合うだろう。これでオスカルにプロポーズできたらな・・・。」
アンドレは寂しそうに微笑んだ。

別荘に戻ったアンドレは、オスカルがいるはずの部屋のドアをノックし、声をかけた。
「オスカル、俺だ。持ってきたぞ」
「アンドレか? 待っていたぞ、入れ。」

ドアを開けたアンドレの眼に飛び込んできたものは・・・。




― つづく ―